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忘れてしまった君の詩
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忘れてしまった君の詩-12

校舎を出た頃には、腕時計の針は九時を回っていた。
爪で引っ掻いたような月が、冷め冷めと校門の植木達を照らしている。
 僕はそんな木々の下を潜り抜けるように校門へと向かった。
僕は今更ながらに、通学カバンを持っていないことに気がついた。
多分、走っている間にどこかに落としてしまったのだろう。
だから、来たときや先ほど帰ったときとは違い、僕は手ぶらだった。
だけど、構うことはない。僕の胸の中には、彼女の偽らざる想いが詰まっている。
僕にはこれを持ち帰るだけで手一杯だ。
と、上から何かが落ちてきた。続いて、
「何ぞ良いことでもあったんか?」
今日一日で嫌というくらい馴染んでしまった怪しげな関西弁が降ってくる。
「九木…」
僕は迷わず木の上に目線を上げた。
そこには過たず、その人物が太い幹に悠然と寝そべって、こちらを見ていた。
「なんや、締まりの無い顔しくさって…。ワイが必死こいて探したんゆうのに、えらい損した気分やわ」
「お前、どうして…」
「帰ったんちゃうのか、てか?よっ!」
九木は僕の言葉の続きを奪うと、木の上から危なげなく降り立った。
朝もそうだったが、この男、高いところに慣れているらしい。
 九木はズボンについた木クズを払いながら、言った。
「お前、家への帰り方覚えとらんのやろ?」
「あっ…!」
間抜けな話だが九木に言われて、僕は初めて気がついた。
本来なら今朝の内に、香織ちゃんに教えてもらっていたものの、その時、僕はボケッとしていて、どこをどう学校まで来たのかまるで覚えていないのだ。
「ホンマに鈍臭いやっちゃな。そこんとこよう考えてから、行動せぇや」
「ご、ごめん…」
九木の言うことは、逐一、最もで、僕は素直に謝ることしかできなかった。
ひたすら頭を下げる僕。そんな僕に九木は、
「もうええって。それより早よう帰らな、香織ちゃん、心配するで?」
「そういえば、香織ちゃんは?」
「こんな遅くまで、年頃の娘さんを出歩かせるわけにはいかんやろ?ワイが責任持って先に帰らしたわ」
「そっか。本当にごめん」再び頭を下げようとする、僕。それを制して、九木は言った。
「だから、それはもうええって。そんな暇があるならあっこに落ちとるカバン拾うて、早よう帰ろ」
九木が指差したのは、さっき木から落ちてきたものだった。
よく見れば、それは無くしたはずの僕のカバンだ。
「これ…」
「効いたで〜」
『どこで見つけたんだ?』とは言わせず、九木は頻りに顔を撫でて言った。
「走りだそう見せよったら、いきなりワイの顔面に『ドコンッ!』や。さすがのワイも避けきれんで、まともにくろうてもうた」
「あっ…」
そうだった。あの時は無我夢中で、何が何やら分からなかったが、僕は確かに逃げる上で最も厄介だろう九木を、なんとか足止めしようと手に持っていたカバンを投げ付けたのだ。
それがまさか、九木の顔面にクリーンヒットするとは夢にも思わず…。

九木のナビは分かりやすく的確だった。
無駄な情報は徹底的に省き、僕が覚えやすいよう目立つ目印を教えた。
そのおかげで、僕は大体の道筋を覚え、三十分後には見慣れた道へと辿り着いていた。
「まあ、大体こんなもんやろ。ホンマはもうちょい、近い道があるんやけど、それはまた次の機会や」
「ありがとう。なんとか覚えられた」
僕はそれに頷き、感謝の意を述べた。
九木もそれに頷きを返してくれたが、その表情はどこか曇っているように、僕には見えた。
「どうしたんだ?」
「うん?ああ、…さっきはスマンことしたな思うて」
「さっき?」
「ワイが名前で呼んでくれ言うたときや」
「ああ」
その言葉で合点がいった。彼はあの時のことをまだ気に病んでいるのだ。
「それは気にしないでいいよ。僕もひどいこと言ってごめん」
 だけど、それは僕も同じだった。
「なんで龍麻が謝るんや?悪いんは、お前のこと考えんとワガママ言うた、ワイやろ?」
「僕も最初はそう思ったよ。『なんて自分勝手なワガママ言う奴だ』ってね。だけど、よく考えたら本当にワガママなことを言ってるのは僕の方なんだ」
僕は立ち止まり、夜空を降り仰いだ。
九木も同じように、立ち止まるのが気配でわかった。
「どういうことや?」
「僕は竜堂龍麻であって、他の何者でもないってことさ。なのに、昔の『僕』を押しつけるなっていうのは、とんでもないワガママなんだ。だって、それは僕が竜堂龍麻であることを否定することなんだから。過去を否定するということは、今いる自分も否定するということだ。違うかい?」
九木に目を向ければ、口は半開き、目は点の間抜け面をしている。
どうやらオツムの中身は体ほど優秀ではないらしい。
「お〜い」
「…はっ!?ええと、つまり…?」
考えることを放棄するこで、ようやく現実に還ってきた九木。
それでもなお考えようとする辺り、なかなかに健気だ。
僕は笑いを噛み殺しながら、悩み続ける少年(?)に答えを示した。
「つまり、君のワガママ一つ応えてやれないようじゃ、ダメだってことさ、『勇介』!」


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