飃の啼く…第7章-5
答えの無い問いに珍しく苛ついて、飃は石を手にとって川に投げ込んだ。そういえば、雑種であるせいで、自分も石を投げられた時代があった。
その時―ガサ、という音が草むらから聞こえ、身を起こした。飛び出してきたウサギが、飃の緊張を解かせる。
そういえば。
この川辺には、もう一つ思い出がある。
おぼろげで、半分砂に埋まった記憶。そこにあるのは解っているのに、手が届かない。
そこで誰かと出会ったはずだ。
でも、誰とだ…?
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「そいつは、人間の癖に奴らと同じくらい強くて、どんな武器でも殺せなかった。不死だったんだ。
まだ小さかった僕らは、目の前で大人たちが次々と殺されていくのを、ただ見ていた…母さんは、あいつが来るずっと前に病気で死んじゃった…その方が良かったと思う。あいつに殺されるよりは、ずっと。」
…言葉が出なかった。悲惨な話を、私から聞いておいて、いざって時に何もいえない。
…無力だ。自分の無力を痛感する。
「そいつの顔は、今でも良く覚えてるんだ…」
口調が、かわった。
「奇麗な顔だった。ほんとに。人間の男に、あんな奇麗な顔の男は居ないさ。それに、とても長い指をし…」
奇妙に甲高い声で、颯くんは話してくれた。徐々に声が小さくなって、最後は途切れる。彼の背中は、本当に小さく見えて…
「兄者…あんたのことを大切にしてるのかな…?」
「え?」
急に振り返った彼は、無邪気に聞いた。
「いや、兄者は昔っから態度がでかくて偉そうだからさ。」
にこっと笑う。その優しい微笑みに、私もつられて笑ってしまう。
「…有難う。あなたのお兄様は夫としても立派よ。」
そのとき、家の引き戸が開いた。
「そして、その偉そうな兄は生意気な弟に今夜の夕食を分けてやるか思案しているところだ。」
飃の手には、わらの縄にぶら下がった何匹もの魚が握られていた。
「ああっ!勘弁してよぉ、兄者ぁ!!」
…良いなあ、兄弟って。あんな感じで毎日楽しく暮らしているんだろうな…。