飃の啼く…第7章-18
「そいつは、他の澱みへの伝言を運んでいた虫だ。おれの村のモンがそいつを見つけて捕まえたんだが」そこで彼は声を落とした。
「どうやら、やつらは来年の内に、俺たちへの総攻撃を計画しているようだ。それまでは、力を温存するためにしばらく我々への攻撃は控えるように、と。」
「…それが虚構では無いと、どうしてわかる?」
夕雷は、自分の胸に手を当ててまっすぐに飃を見た。
「…この伝言を聞くために命を落とした、おれの姉貴の命にかけて。」
「迅雷殿のご息女ということは…春雷殿か?」
イナサが言った。
「そうだ。この虫を捕らえようとしているところを見つかって、敵の手に落ちた。その時姉貴は、おれに虫を手渡した後だった。罠かとも思ったが、それなら嵌める相手を殺す必要はねえやな。」
そこで少し言葉を切って、黙り込んだ。
「…姉貴の死に様は、立派なモンだった。おれもあんな風に死にてえ…」
「…お悔やみ、申し上げます」
私は、ここ数日間に味わったあまりに多くの死に、慣れてしまわないように言った。鎌鼬は、私が急に言葉を発したことに驚いたような顔でこっちを見た。
「あんたは確か、人間の薙刀使いだな?」
「ご存知ですか…」
「存知もなにも、あんたの事は、蝦夷まで知れ渡ってるにちげえねえ。長い間待ちわびた、救世主って奴だからな。」
私は、小さな声で呟いた。
「…責任重大だ…」
それに答えるものは、居なかった。
私たちは、次の日に山を下り、来た時のようにバスに乗って、電車に乗った。けれど、行きの時のような気分になることは不可能だった。時は不可逆だということを、いまさらながら思い知らされる。
イナサさんには、あんな風に言ってもらえたけど、私は、狗族のみんなの顔を見ることが出来なかった。窓の外に映った景色を、ただぼんやりと眺める飃は、これまでに無いほど虚ろな表情をしていた。自分が守れなかったものの大きさを、噛締めているんだと思う。私は、飃の手に自分の手を重ねた。
「飃、イナサさんの言うとおりだよ。」
「うん・・・?」
こんな飃を見ているのは、つらすぎる。
「私たちが強い武器を手に入れたからって、あいつらには絶対勝てない。でも、私たちが日本中を回って、困っているみんなの力になってあげたら、きっとみんなで協力できる。」
飃の顔が、だんだん真剣みを帯びてくる。