『Ｍ』-3
―白いドレス―
これ以上何を訊いても無駄だと考えた私は、時間にすれば10分程、ただ黙って流れゆく景色を眺めていた。
やがて車の速度は徐々に落ち、道路の脇へと停車した。
「とりあえずここで着替えてもらうから、降りて」
彼は紳士の様に助手席のドアを開け、降車を促す。
そして、私は導き案内されるがままに一軒の店へと入った。
「わぁ…」
思わず口から感情が溢れてしまう程、その店は絢爛な雰囲気なのだ。
今までブランド物の店に入った事はあるけれど、これ程きらびやかな店に入った事など一度も無い。
背の高いマネキン達が着ている洋服やスーツ。
ショーウィンドに飾られている紅や白のパーティドレス。
どれもこれも繊細で、華やかで、強い存在感を放っている。
まるで別世界の様なこの空間の奥から一人の女性が現れ、私達に一礼した。
「お待ちしておりました。そちらが例の娘…ですね？」
モデルみたいにスラッとしたスタイルの美しい店員が、背後で立っている長身の彼へ私越しに語り掛ける。
「ああ、それじゃあ頼むよ」
彼らの会話がおかしいとも思わず、私は店内の綺麗な衣装達と美女に見とれてしまっていた。
「かしこまりました。では、どうぞこちらへ」
「え？」
店員の言葉でやっと我に返った私は、咄嗟に素の自分を出して驚いてしまう。
「どうぞ…」
それでも誘う彼女の物言わせぬ雰囲気に、私は案内された個室へと流される様に入った。
店の奥にある個室は、白を基調とした壁紙に片面ガラス張りの部屋で、いかにもスタッフ事務室よろしく整然としていた。
「では、ここで待っていてね」
部屋に入って間もなく、彼女はそう言い残して部屋を出て行った。
一人残された私は、今後の展開に出来うる限りの想像をする。
けれど、私の拙い想像力では限界があった。
そもそも私はワタシを売って、彼はそれを買った人間。
服なんか着替えさせて、どういうつもりなのだろう？
考えれば考える程、現実が何処へ向かっているのかが分からなくなった。
「お待たせ」
廻らす思考を遮断する女性の声。
それとともにドアが開き、彼女が部屋に入ってきた。
「これを着てくれる？」
差し出されたのは白い服。
それに私の心は奪われた。
それはデパートや洋服店等の服には無い人の心を惹く魅力。
ブランド物のバッグや小物とはまた違う魅力を持った、とても綺麗な白いドレス。
私は恐る恐る手を伸ばして服を受け取り、それに身を包んだ。
「まあ、似合うわ」
お世辞なのか本音なのかは分からないけれど、生まれて初めて着たドレスにドキドキしていた私が、その言葉で更に高揚したのは間違い無かった。
「さ、次はこちらに…」
「え？」
嬉しがるのも束の間、彼女はまたその独特の雰囲気で、私に椅子へと座るよう命じたのだ。
疑問と期待が入り混じりながらも指示された通りに座る私へ、目の前の鏡に映る麗女は続けて囁いた。
「目を閉じて」
私はこれからされる事への予想が付き、言われた通りに静かに目を閉じた。