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『M』
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『M』-17

 私は周囲のジロジロとした視線に耐えきれなくなり、彼に提案を投げかけた。
「ねえ、ここだと目立つから場所変えよう」
彼は了承するとそのまま私を車に招き入れて、おそらく店名だろうと思われる言葉を青年へと告げた。
車は学校から離れ、その場所へと向かった。


 何の用で私を訪ねたのかは見当もつかないけれど、話をするだけならこんな場所でなくてもいいのではないかと思う。
吹き抜けの高い天井。白い壁には鮮やかな色彩画。高級そうな木製のテーブルにはシミ1つないクロス。その上にはまだロウソクが置かれてない金銀細工の燭台。
昔、ドラマか何かでこんな雰囲気の店でヒロインがプロポーズを受けてるのを観て、私もプロポーズを受けるならこういう所がいいなと思ったことがある。
ただ、それはロウソクの灯が揺らめくムード満点の夜がよくて、こんな風に開店準備に追われていたはずのスタッフが一列に並んで立つ前ではされたくない。

 ぐるっと周りを一瞥したあと、私は彼に向き直った。
「で、何?」
用が有るから私を訪ねたはずなのに、それが言い出し難いのか、暫くの間彼は考えあぐねていた。
やがて言葉を選び終わり、第一声を放った。
「結婚…するらしい」
はじめ結婚の一言が彼の口から出た時、私は不覚にもどきりとしてしまった。
何を期待しているんだろう。私は…。

その様子に訝しげな表情を浮かべる彼。
私は咄嗟に誤魔化した。
「だ、誰が?」
「彼女」
「彼女?」
「麗奈さんだよ」
彼はそう告げたあと、ふっと微かに笑みを溢した。
「あれほど忠告したのに、彼女は昨日、真実を全て両親達に話してしまったんだ。私の胸の内に秘めた想いに彼が気付いて、それであんなことを仕組んだんだって…。お陰で勘当だ!って叫んでた親父も、ずっと放心状態だった母親も、えらく御傷心な様子だよ」
ははと苦笑いを浮かべて、彼は続けた。
「それでそのあと、彼女が俺のもとへと来て宣言したんだ。『私は貴方のお陰で自分の気持ちに素直になれた。その応援を無駄にしない為にも絶対幸せになります。結婚します!』ってさ」
また苦笑いを浮かべたが、それはすぐに消えた。
彼女のその姿を思い出しているのだろうか。
空を見つめるその瞳の奥には、まだ彼女への未練が映るのだろうか。
どちらにしろ、そう遠くない未来に彼女はきっと幸せを掴み、それを彼は見守るのだと思う。
彼のやるせない気持ちを考えて、私は切なくなった。

「とんだ茶番劇になったよ。こんなくだらない事に付き合わせて…いや、付き合ってくれて。それと、その…慰めてくれてさ。美貴ちゃんには本当に感謝をしています」
テーブルに着く程頭を深く下げて、彼は言った。
「でも…」
と顔を下に向けたまま、再び彼は口を開く。
「でも、そのお陰で…」
すっと顔を上げた彼の表情は、優しくニッコリと笑っていた。
「…君に、出会えた」

「…え?」

「どうも俺は、何も進歩してないらしい。また手を差し延べてくれた天使に恋をしてしまったんだ」

「それって…」

「君のことが、好きだ」



 ワタシがピエロを演じた間抜けな舞台の幕は閉じた。
だけど、どうやら私の物語はそれで終わったのではなく、これから始まるらしい。
今度の舞台はもちろん、私がヒロインとして。


―FIN―


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