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『M』
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『M』-2

 ―ワタシを売る―


「あはは!マジウケる〜」
「はい…はい…その件につきましては」
「いやいやいや、ありえないっつの!」

 目の前を、様々な人が色々な言葉を口々に発しては足早に通り過ぎて行く中、くすんだ空を覆う巨大なビル郡や次から次へと情報が流れてくる電光掲示板の下で、私は片手に持てる小さな画面を見つめている。
汚れた世界で更に泥にまみれて生きている私には、前を見つめてただ待っている事など出来ないでいた。

ゴーンゴーンゴーンと、寄りかかっていた時計台の鐘が鳴り響く。
時計の針は六時を差し、待ち合わせの時間が来た事を告げる。
それと同時に携帯の着信音が流れた。
『今、どこにいるの?』
掲示板の紹介文に私の特徴を説明はしていたけど、辺りには同じ様な子が沢山いるから分からないのだろう。
『時計台に寄りかかっています』
とだけメールを送る。
すると、暫くして横から声が掛った。

「君がミキちゃんかな?」

その声に私は一瞬戸惑いを感じ、携帯の液晶から視線を横へ上げた。
戸惑いは当たった。
そこに居たのはいつもの様な中年のオジサンではなく、細身で目鼻立ちの良い明らかに20代前半か、あるいはまだ10代なのではと思える様な青年だった。

それでも、もしかしたら昼間話していた『青年実業家』なのかも知れないと考え、私は黙って頷いた。
「よかった〜。出会い系なんてよく解らなかったからさあ。…うん!君なら合格。そんじゃ時間も無いし、行くか」
彼はそう言うと私の左手を掴み、少々強引に引っ張りながら歩き始めた。

これで最初の戸惑いは消える。
結局は言っている事もやっている事も、いつものオジサンとたいして変わりはしないからだ。

相手は初めから援助が目的。
だから、制服を着ている時は清純そうな娘を装い、舞台の上で裸という衣装を身に纏えば淫乱な女を演じる。
そうして、今まで自分の価値を保ってきた。
だから今日も、いつもと変わらずいつもと同じ様に演じると思っていた。
そのはずだった……。

「あ!こっちだった」
突然の方向転換に私は疑問を抱いた。
ホテルが並ぶ街路地とは別の路へと進んで行くのだ。

そして短い距離を歩き、彼は立ち止まった。
「はい、乗って」
目の前に在るのは路駐された白いスポーツカー。
車などに疎い私でも、一見して高級そうなのが判る。

「ああ、安心していいよ。って言っても難しいだろうけど、別に変な所に連れて行くわけじゃないから。ちょっと付き合ってもらいたいんだよね」
何処に連れて行かれるのかと疑問に思っていたけれど、私はもうワタシを売るのだから、何処へ?だろうと何を?だろうと気にしても意味はない。
それに、不思議と彼の笑顔に嘘が感じられない私は、開けられたドアに誘われ、そのまま助手席へと座る事にした。

車が動き始めると、彼は突然思い付いた様に言う。
「あ、その格好じゃマズイから、ちょっと寄り道しないとね」
制服がマズイ?普通はこの制服に悦ぶものなのに。

気にしないでいた私の疑問は大きく膨れ、とうとう口を開かせてしまう。
「何処に連れて行くの?」
あくまでも清純そうな娘を演じる為、うつむいたまま弱々しく尋ねる私に、彼はハンドルを握りながら一瞬視線を送ったあと、答えた。
「ひみつ。後で教えるよ」


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