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『M』
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『M』-10

「何を言ってるんだ!お前は!お前には麗奈さんが居るんだぞ!」
憤然とする父親に、おろおろと訳も分からず狼狽える母親。
一方、鳳夫婦は目を点にして驚くばかりで、混乱した空気が辺りを包んでいた。

その中でも唯一人だけ、冷静な人がいた。彼女、鳳麗奈さんだ。
彼女はすっと半歩前に出て、私を一瞥したあと、彼に向き直り尋ねた。
「これは…どういうこと?優明さん」
「どういうって、そのままだよ。僕は彼女が好きで、彼女と付き合ってる。君じゃなく、彼女との結婚を考えているんだ」
しっかりとした声で話してはいるものの、彼のギュッと握られている拳は震えていた。
それに私は気付いた。

「ちょ、ちょっと待って。優明さん」
口を開いたのは、彼女の母親だった。
「それじゃあ貴方は、娘とは結婚できないって言いたいの?」
張りつめていた空気が一層重くなる。
その答えを聞き逃さまいと、彼への注目が強まった。

彼は、三越優明は、シナリオの最終ページ、それを告げるためだけに造られた私とこのシチュエーションの最後の台詞を、きっぱりと言い放った。
「ええ。そうです。僕は」
ブルブルと震えていた拳がピタッと止まった。

「僕は麗奈さんとは結婚できません。婚約を破棄させてもらいます」

言葉を聞いて、鳳夫妻は呆気にとられたまま止まり、彼の母親は生気が抜けたようにその場にへたれた。
先程までは湯気が噴き出そうだった父親も、さすがにこれほど強く言われてはぐうの音も出ない。
彼女に至っては、今にも泣き出しそうな表情だ。
その様子を確認したあと、彼は
「それでは」
と一言残して背を向け、歩きはじめた。
一瞬、反応の遅れた私も、ペコリとお辞儀をしてそそくさと彼に近付き、静かにどよめく会場の中を真っ直ぐに出口へと向かった。


 ―涙―


 行きに通ったのだから、もちろん帰りも通ることになる眩しいシャンデリア。
相変わらず重力を無視しているようだ。
私はその栄華の極みの下を、彼の数歩後ろにくっついて歩いていた。
何も語らないあの背に、なんて声を掛ければいいのか分からない。
そもそも、声を掛けていいのかが分からなかった。

結局、始終無言のまま回転式のホテルのドアをくぐり、外に出た。
とその途端、彼が大きく伸びをする。
「ん〜〜〜!はぁ〜…」
息を最後まで吐き出すと、くるっと顔をこちらに向けた。
「お疲れ様。本当に、助かったよ」
笑顔で言う彼。
私に感謝をしているようだけど、私がした事と云えばお辞儀と自己紹介だけ。
結果的に、あの台本の大半は役に立たなかった。
ヒロインだと勘違いしたピエロは、観客に芸を披露することもなく出番が終わったのだ。
私はワタシの無意味さに、可笑しくなった。
「え?どうしたの?美貴ちゃん。俺おかしなこと言った?」
「はは…。なんでもない。じゃあ私、帰るね」

せめて幕引きに取り残されるなんて間抜けな真似はしたくない。
私は手を振り、その場から歩き去ろうとした。
けれどそれは、彼によって止められた。
「待って美貴ちゃん。それなら送るよ」
言い終わるのと同時に、彼の白いスポーツカーが現れた。
ハンドルを握っていたのは黒長髪のあの青年。
どこかで話を聞いていたのだろうか。
あまりにもタイミングの良い登場だ。


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