抱きしめたい-3
最初より随分自然に笑顔が見られるようになって、あたしは嬉しくなった。
その日は一晩中映画鑑賞をした。
気付けば時間は明け方の4時。
「眠い〜。」
目を擦りながらユウを見ると、ユウは平然としている。
「寝ていいよ。」
じゃぁ…お言葉に甘えて…と言う前にベッドに倒れ込んでしまった。
もっともっと、ユウが笑ってくれるといいな、なんて思いながら。
目を開けると随分日が高く昇っていた。時計は11時。
視線を感じ、うん?とベッドサイドに目をやると、ユウと目が合った。
「おはよ?麗。」
にっこり笑ってふわり、と頭を撫でられる。実際に触られたわけでもないのに
どきどきどき…。
心臓が早鐘を打つ。日の光でユウがキラキラ輝いて見える。
凄く綺麗…。
そんなことを思ってるなんて気付かないユウは
「ね、起きたんなら隣の部屋の漫画、持って来てよ。俺、取れなくてさ〜。」
と首を掻きながら言ってきた。
隣の部屋…。お兄ちゃんの部屋だ。どうやら人が眠っていた間に何かないかと家をうろうろしていたらしい。
ユウに対して何となくくすぐったいような変な感情を持ったあたしは、そそくさと漫画の題名を聞いて部屋を出る。
取りあえず5冊くらいの漫画を部屋に運び、その場を離れようとしたのだが
「ページ…捲ってよ。」
拗ねた口調で言う。
忘れてた。ユウは物に触れないんだった。
2人並んで漫画を読む。
自分のすぐ横にユウの顔。たまにおかしいのか笑い声が漏れる。
あたしはまともに横も向けない。自分が平静を保つのに精一杯だった。
「は〜、読み終わったぁ。」
楽し気にユウが言う。
「終わったねぇ…。」
疲れた。ほんとに疲れた。こんなに緊張しながら漫画を読むなんて初めてだ。
「あ、もうバイトの時間じゃない?」
ユウの言葉で我に返り慌てて支度をする。
「俺、生きている間に麗に会いたかったな。」
ポツリと呟く。聞こえない振りをしたが、その呟きはあたしの胸に棘のように突き刺さった。
ユウは…この世に存在していない。心に靄が掛ったように感じる。
あたしがバイトをしている間、ユウは公園の木の下で初めて会った時と同じようにじっと立っていた。
「もし、暇だったら店内に入れば?」
と声は掛けたのだが
「もしかして何かわかるかもしれないから。」
とユウは遠慮した。
バイトも無事終わり、また一緒にうちへ帰る。
部屋で「明日はどこ行こう?」なんて話をしていたら隣の部屋のドアの開閉音がした。
「あ、お兄ちゃん帰ってきた。」
あたしはユウに「ちょっと待ってて。」と言って昨日借りたビデオを兄の部屋へ持って行った。
トントン、部屋をノックする。
「あいよから。」
声がしてからドアを開けると、お兄ちゃんは机に向かい何かを見ている所だった。
「お兄ちゃん、このビデオ返しておいて〜。ちょっと忙しくて行けそうもなくて…。」
適当な理由を言ってビデオをお兄ちゃんに押し付ける。
「ああ、いいけど。」
ビデオを受け取る。
「あれ…?これ、写真…。」
机に広げられた写真に目をやる。
「あぁ、今日後輩のお見舞いに行って来た時渡されたんだよ。」
え…。これって…。
あたしは1枚の写真から目が離せなかった。
バスケ部全体で撮ったような写真の中に…。
ユウがいた…。
「これ…、この人…。」
声が震える。
「あ、お前も知ってるの?こいつ、うちの1年なんだよ。…気の毒だよな、事故に遭うなんて。今日行って来たけど…。」
お兄ちゃんの話が遠くで聞こえた。
「ど…こにいるの?この人?」
喉がカラカラになる中で何とか声が出た。
「おかえり。」
部屋に入ってきたあたしを、何も知らないユウが笑顔で迎える。
「ユウ…。わかったの。」
「何が?」
あたしが神妙な顔をしていることに気づいたユウは眉間に皺を寄せる。