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抱きしめたい
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抱きしめたい-2

「やっぱり…。」
彼が呟く。
「いっやぁーーーっ!」
気付いたらあたしは、自分が濡れるのも忘れて傘もささずその場から逃げ出していた。

家に着いてからもさっきの光景が忘れられない。
「あれって…あれって。…幽霊?」
初めて見た。ってそうそう見てたまるもんかって感じだけど。

〈やっぱり…。〉
彼の寂しそうな声とやりきれないような顔が思い出される。
少し、冷静になる。
悪い事したかも、なんて思う。
どんな気持ちで、雨の中あそこにずっといたんだろう。
〈俺が、見えるのか?〉


きっと、あたし以外には見えてなかったのだろう。
明日…またあそこに行ってみよう。いるかわからないけど。
そう決意を固めて眠りについた。


「いた…。」
昨日と同じ場所に彼は立っていた。
近付いてみる。
「何?」
こちらに一瞥をくれて溜め息を吐く。
「え…っと昨日はごめんなさい。」
頭を下げる。
「別に…謝らなくていいよ。どうせ、俺こんなだし、逃げられて当然だよな。」
こちらを見て、じ嘲気味に笑う。
胸がつきん、と痛む。自分が逃げたりしたから…彼を傷付けてしまった。

「…あなたは、誰?何で此処にいるの?」
少しでも彼と話がしたいと思った。
「わからないんだ。」
そう呟いた彼は凄く儚げで、何とかしてあげたいと思うには十分だった。

少しずつだが、彼は話し始めた。
此処には昨日からいること。
名前も歳も何もかも自分の事がわからないこと。
「記憶喪失?」
「だろうな。」
「思い残しがあって此処にいるわけ?」
「う…ん、多分。此処で何かがあったと思う。誰かを待っていたような…。」
遠い目をする。なんか、放っておけない。
「よしっ!一緒に記憶探しをしよ。」

1人より2人の方が心強いだろうし。

「はぁ?」
彼は目をぱちくりさせている。
「なんか、放っておけないし、乗り掛かった船みたいなモノ?」
「…変なヤツ。」
少し戸惑っていたが、にっこりと笑った。
どきどきどき…。
顔に熱が集まってくるのを感じた。
「…っで、今日はまぁ、急だからどうしていいかわからないし、明日はバイトでしょ。明後日から4日間は休みだから、そこでいいかな?」

笑顔を見た時の何とも言えない感情を誤魔化すように、あたしは一気に巻くし立てた。
「ああ、ありがとう。」
「じゃ、また明日。」
そう言ってその場から離れる。
でも…。公園の出口まで来てくるりと振り返った。
彼はじっ…とあたしの方を見ている。
思わず、また彼の元へ戻った。
「うち来る?」
考えるより先に言葉が出た。
彼はきっと寂しかったんだろう。
そりゃそうだ。2日間誰も自分を見てくれない上に、ずっと同じ場所にいたのだから。

「お邪魔しま〜す。」
おずおずとウチに入って来る。

「大丈夫、見えてないし、聞こえてない。」
小さい声であたしは話した。
そう、彼のことはあたし以外に見えないし、彼の声も聞こえないのだ。
公園からの帰り、夜の暇つぶしにとビデオを借りに行った。
自分には見えているものだからうっかりしていたのだが。
そういえば、何か周りからの視線が痛かった気がする…。
気付いたのは、道端でばったり会った亜紀ちゃんに
「麗ちゃん、何か大きい声で独り言して。どうしたの?」
と怪訝な顔で言われてしまったのだ。
「ビデオ屋には、暫く行けない…。」


自分の部屋に案内する。
彼は、物珍しそうに室内をキョロキョロと見渡していた。
「なぁ…。」
突然、彼が振り向いて声を掛ける。
「何?」
「あんたの名前…何?」
ああ、そういえば今まで名前とか言うのすっかり忘れてた。
「麗…市川 麗だよ。え…と。」
自分の名前を言ってから、そっちは?と聞こうとして言葉に詰まった。
彼には、記憶が無い…。
「俺の名前、決めてよ。」
拾ってくれたんだから、と。
拾ったわけじゃないけど、確かに名前が無いと不便なので考えてみる。
う〜、と頭を捻って頑張るが…。

「幽霊だから…ユウ、とか?」
かなりセンスのないネーミングを口にしてしまった。
「いいよ。」
くっくっ…と口元をおさえながらユウは笑った。
笑われるのは不本意だけど、ユウの笑った顔が見られたからよしとしよう。


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