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「消えぬクリスタルハート」
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「消えぬクリスタルハート」-5

今は営業していない大きな雑貨屋の屋上に来る。
ここでは月一程度、作ったアクセサリーなどを売る人達が集まるイベントが行われていた。
いや、今でもイベントはあるが、場所は変わった。
彼はもう行ってない。
いや、忙しくて行けない。
彼女は今でも行っているらしいが。
「ここを選んだのって変だったかな?」
彼女に聞く。
「…分かんない」
初めて二人が出会った場所。
今は古びてしまったが、思い出の場所にはかわりない。
その場所で、彼は伝えなきゃいけない事がある。
彼女に。
荷物から、ガラスで出来た白鳥の置物を取り出す。

「見てほしい」
深呼吸してから、ゆっくり彼女に渡す。
彼女はそれを壊さないように受け取る。
「……」
「ごめんね、下手で」
お世辞でも上手とは言えない。それほど、今の彼は未熟。
「…ここで売ったとしても、残るだろうね」
本当に、その通りだ。
「今の私じゃ、買わないし」
「うん」
前の彼女なら買ってくれただろう。同情というか情けというか、そういう意味で。
わざわざ彼にそう言ってくれるという事は、今も別れたいと思っているのだろう。
だから、彼は用意していても結局役に立たない言葉を捨てて、言う。
自分の考えを、思いを、想いを…。

「それを作ってて、僕達に似てるなって思ったんだ」
「昔の私達に?」
彼女から白鳥を受け取る。

一歩下がってそれを…。

「今の僕たちに」

落とした。

ガラス特有の破壊音。
コンクリートの床との衝突に耐えられるはずがないガラスの置物は、砕けた。
「…え?」
何が起きたか理解できなかった。
彼女の目の前で、彼女への気持ちを込めて作ったと思われる…それを理解していても買わない、手に入れたくないと言った彼女の目の前で…わざと落とした。
これは、別れを意味する行為なのか?
…彼女がそう思った瞬間、身体を襲う悪寒。

(何?今の)
それを考えようとした時、彼の口が開く。
「ガラスの美しさって、僕達の絆って思えた」
「…え?」
ゆっくりとしていて、はっきりとした口調。
「たとえ形が壊れても、輝きは失わない」
瞬間的に、その言葉の真意が分かる。
たとえ関係が壊れても、絆は失わない。
相手の癖や口調、そしてぬくもり。
全て覚えてる。
「形が変わっても歪(イビツ)でも、美しさは変わらない」
形は関係、美しさは絆を意味する。
「磨けば、輝きは増す」
お互いが良くなれば、絆は深まる。
「僕はそう思う」
分かる、言いたいことは。
けど…。
「今の私達には、形がない」

形は…関係は、壊れたまま。
彼女は最初、直そうとした。
必死に、直そうと…。
けど、もう疲れた。
疲労はやがて、諦めに変わっていった。
今では修復する気すら起きない。
「けど、僕は硝子職人だ」
しかし、彼は諦めていない。
勝手に諦めたのは…。
(自分だ…)
「砕けたガラスは溶かして、また作ればいい」
砕け散ったカケラを手で集める。
その目は…諦めに淀まないその目は、何を見ている。
その手は…職人の腕を目指すその手は、何を掴もうとしている。
その目は希望の光を見るため…。
その手は二人の未来を掴むため…。

彼は…諦めてなんかいない。
「何度も何度も、作り直せばいい」
カケラで切ったのか、手から血が流れる。
しかし、彼は気にしない。
いや、構っていられないのだろう。
「それに、僕は見習いだ。作れば作るほど、上手くなっていく」
全てを拾い終え、立ち上がり、彼女の瞳を見ながら言う。
「それがたとえ、僕が傷つく結果になっても構わない」
手を目の高さまで上げ、強く握る。
流れる血の量が増えた。
「君と別れる方が、何百倍も心が痛んで、恐い」
真っ直ぐ彼女を捉らえる瞳。
その瞳に、なんで今まで彼女は気が付かなかったのだろう。

「それが僕の仕事であり、役目であり、誇りでもある」
…彼女は分かった。
「それが、僕の答えだ」
彼女は気付いた。
彼女を襲ったあの悪寒は、心の何処かで別れたくないと想っている気持ちだという事を。
(私は…なんて…馬鹿なんだ…)


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