飃の啼く…第5章-7
「…ホテ…ル…?」
私は、われを忘れて走り出した。ちょっと待ってよ!
「飃っ!」
「さくら・・・?」
飃の目はどんよりとしている。酒のせいなの…?反応が鈍い。飃の身体に、虫の痕が無いか探す。街中だって気にしない。近づくと確かに酒の匂いがする。こんなになるまで酔っ払って…もう!
「飃はん?この娘だれどす…?」
怪訝そうに女が言う。
「ちょっと失礼します!」
飃の身体に虫の痕は無い。じゃあこの人が?
「きゃぁ!ちょっと、何しますのや!」
私は、その女の人の身体に、虫に指された痕があると思って…絶対あると思って、探した。けれど、見つからなかった。つ、飃はこんなに酔ってるんだもん、操られた女の人が相手なら、なすがままになっちゃうことだって、あるかも…でも…でも……
「ねぇ?こんなところで人を引き止めちゃだめどすぇ?ほな、行きましょ、飃はん…?」
…私は、何をやってるんだろう。
「さくら」
「え…?カジマヤ…?」
「ちょっとこっちおいで、人が見るよ。」
汚いアスファルトの上にへたり込む私の手をとって、カジマヤが助け起こした。
「え?あぁ、そっかぁ…ごめん…」
私は、地下にあるバーに連れて行かれた。
「あんたがさくらちゃんかい?」
その人は、バーテンダーの制服に身を包んだ男の人だった。つやのある黒髪をオールバックにしている。
「おれはこの店の店主の、颪という者でさ。おれも狗族で、飃兄さんとは知り合いだから、安心してくれていい…何か飲むかい?」
「えぇ、あの…なんでもいいです…」
颪さんは、何も言わずに、甘いジュースにお酒を混ぜたものをくれた。私は、その気遣いがうれしくて、枯れたはずの涙を、再び流し始めた。
「さくら…」
「えっ…わ、わたしが、悪いんです…ぅっ…私が、あいつらにハメられるような、ば、馬鹿だから、飃も…飃も…」
言葉が続かなかった。子供のくせに、妙に大人びているカジマヤが、隣で私の肩をさすってくれていた。
「さくらちゃん。おれらに全部話してみてくれねえですかい…?」
全てを話した後、颪さんはしばらく考え込んで言った。
「いやね、我々も、あの女を見たのは初めてなんで。」
「そうだよ、やけに馴れ馴れしくて、最初から飃兄ちゃんに目をつけてるみたいだった…。」
「あの時、飃兄さんは相当酔っていたしねぇ…」
ぴんと閃いた。この頃には、一々しゃくり上げなくても話せるようになっていた。