僕とお姉様〜ファースト***は***の味〜-1
ほんの数日であっけなく終わった家出。
父さんは特に僕を責めるでもなく、普通に「お帰り」と迎えてくれた。それでも出てった直後は相当落ち込んでいたらしく、毎日ひばりちゃんに励まされていたと聞いた時は悪い事をしたと反省しつつも女子高生に励まされる中年に対して軽く嫌悪感を抱いたり。
ひばりちゃんに捨てられなきゃいいけど。
そしてお姉様はと言えば、家出前と特に変化なし。あの時の涙も大好きの言葉も実は幻だったんじゃないかと思うほど。
お姉様からの「好きな人ができた」の一言が、ずっと背中にしがみついたまま離れない。
僕は賭けに従って二千円を渡した。失恋したら返金、両思いになれたら一万円の約束はそのままだから、つまり片思いも継続中なんだろう。
お姉様が、好きになった人…
そいつの前ではどんな顔してるんだろ。
どんな風に笑ってどんな風に泣いて、
どんな目でそいつを見るんだろう。
僕に向ける目とは違う目。
考えるだけで眉間にシワが増えそうだ。
この重苦しい感情が何かくらいまともな恋愛経験がなくても分かる。
僕はどこの誰かも知らない人間に嫉妬していた。
『うまくいかなければいい』
『振られてしまえばいい』
いけないと分かっているがどうしても好きな人の不幸を願ってしまう。
『好きな人が幸せならそれで幸せ』
そんなマゾ的な発想は皆無。
僕は小さい男なんです。
いつも通りの朝。
寝顔のお姉様に見送られていつもの時間に家を出ていつもの時間に学校に到着。
始まり方からして何ら変わり映えのない一日になるはずだった。
変化が訪れたのは昼休み。購買でパンを買った帰り、昨日までと違う妙な騒がしさに気づいて振り返ると、
「ゎっ」
小さく声を出して慌てて消火栓の陰に隠れる女の子三人組が目に入った。
スリッパの色からして一年生。こっちを見てるが顔に見覚えがない。関係ないと結論付けて教室に戻ろうとした時だった。
「山田先輩!」
そのうちの一人が僕を呼んだ。
「…え?」
慣れない名称で呼ばれたから反応が若干遅れたが、そんな事には構わずその子はこちらに向かって走り出し、僕の前に来て勢いよく手を差し出した。その先には小さく折ったメモ用紙がある。訳も分からずそれを受け取ると、一瞬僕の顔を見てすぐに走って行ってしまった。
「…誰だ?」
部活も委員会もしていない僕には後輩の、しかも女の子の知り合いなんて一人もいない。
折られたままの紙を眺めて首を傾げ、
「…まぁ、いっか」
そのままそれを制服のポケットに入れて再び廊下を歩き出した。