二人の恋愛論4-1
「恭介くんって、パパみたい」
笠本さんは満面の笑みでそう言った。
彼女の大切な親御さんなのだから、似ていると言われてショックを受けるべきではない。
そんなの、失礼に値すること。
むしろ、喜ぶべきなのだ。
「ありが…」
そう思って無理に自分を納得させ、御礼を言おうとしたが、やはりできなかった。
「アリ?」
部屋の絨毯を見回し、アリを探し始める笠本さん。
日頃、高校生とは思えない彼女のドジっぷりに、娘を見守る父親のような気持ちになってしまっているのは確かかもしれない。
でも、僕は彼女の恋人だ。
彼女を、一人の女性として愛しく想っている。
恋愛対象外ナンバーワンの‘パパ’に似ているなんて、聞き捨てならない。
「どういうとこが、お父さんみたい?」
「私がわがまま言ったり、何か失敗しちゃったりしても、『はいはい、わかった、わかった』って許してくれるとことか」
なるほどねぇ…。
よし、次に彼女が何かやらかしたときには、厳しく叱ってやろう。
ひそかにそう誓っていたとき、笠本さんは早速やってくれた。
彼女の使っていたコップが横転し、テーブルは水浸しに。
「きゃっ!」
彼女は慌ててそれを拭き始めるけれど、僕にはいつものように許してやる気など無いのだ。
「何やっ…」
「ゴメンなさいっ!」
彼女の涙目に、一瞬、躊躇してしまう。
いや、ひるんでいる場合ではない。
ここで、きっちり怒らないと。
「本当にゴメンね?いっつもいっつもドジばっかり…」
必死にフキンを動かす彼女。
用意した怒鳴り声が、再び肺の中へ戻る。
立ち上がれ、僕。
このままでは、父親まっしぐらだぞ。
付き合っているうちに、家族にしか思えなくなった、もうドキドキできない、という理由で別れるカップルも少なくないと聞いている。
「笠本さ…」
「嫌いにならないでね?」
…ダメだ。
そんな仔犬のような目、反則だ。
叱るのは、明日にしよう。
「はいはい、わかった、わかった…」
彼女の頭を撫でながら思った。
笠本さんのドジが直らないのは、彼女を叱れない男どもの責任も大きいのではないか、と。