飃の啼く…第4章-7
「っ…は……飃…?」
彼は答えなかったけど、小さく呟くのが聞こえた。本当に小さな声で。
「さくら…お前は己のものだ。」
…うん…うん。そうだよ。飃…私は貴方のもの…
それまでゆっくりとしていた動きが、急に早くなった。一突きごとに、何かを刻みつけようとしているかのように。
「っ!は。ぅ…つ、むじ…こぇ、聞こえちゃ…」
また、飃は唇を重ねた。二人とも呼吸が荒くて、吐息が漏れる。
「…ゃぁ…あ…!…んっ」
飃の汗が、私の頬に落ちる。飃は目を硬く瞑っている。歯を食いしばって、必死に耐えているような表情。
「っ…!…さ、くら……?」
彼が、私の中で、大きくなる。
「ぃぃ…よ、きて…ッ…!」
波の音が、私たちの息づく音と混ざっていた。私は、部屋に戻らなくてはとぼんやり考えながら、このままここで眠りについたらどんなに気持ちいいだろうかと考えていた。ここで。飃の腕の中で。
飃は、いつの間にか眠りに落ちていて、いつも張り詰めているその顔は、とても無防備に見えた。それでいて、眉間に刻まれたしわや、体中の痛々しい傷跡が、彼の苦悩を露にしている。髭のせいもあるけど。
私は体を起こして、しばらく飃の頭を撫でていた。いつも彼がそうしてくれるように。すると…
「さくら…」
寝言だ…
「…死なせんぞ…ぉれが……すぅ」
……吹き出したらいいのかな。でも、おかしい。なんか…なんで泣いてるんだろ。私…。
涙をぬぐってから飃を起こし、部屋に戻った。飃は、琉球狗族の村に厄介になるようだ。私はまださっきの寝言のことを思い出し、一人でどぎまぎしながら眠りについた。
当初団体行動の予定だった私と茜のチームは、「デート」の予定が入ったので解散するということで合意に達した。茜は申し訳なさそうにしていたけど、私としてはうれしい予定変更だ。私もデートだし。一応。命がけの。
その日の朝、私は飃の指定どおり、とある遺跡の入場口で待っていた。観光客の姿は…ない。皆無だ。確かに夏休みのシーズンは過ぎたけど、これは寂れすぎだ。その理由に思い当たったとき、背筋に悪寒が走った。最近気付いたのだが、この悪寒は近くに「やつら」がいる証拠なのだ。
薙刀を構える。私の薙刀は、さらに進化を遂げていた。使わないときには、小さくして、目立たないようにしまっておくことが出来るようになったのである。普段は小さな袋に入れて、携帯のストラップと一緒につけている。
と、その時、昨日の夜と同じ風が、木々を揺らした。
「来たな、さくら。」
遺跡の入り口にうっそうと茂る木々の中の一本に飃がいた。その手には、同じくサイズを小さく出来るようになった盾があった。今はもちろん、大きなサイズに戻っている。その盾は日の光を反射することもなく漆黒を湛えている。宇宙空間の入り口になっている飃の盾。吸い込まれたら二度と戻って来れない。