飃の啼く…第4章-3
「ちょっと、外でも歩かないか?」
「いいけど・・・。」
連れて行かれたのは、ひと気が無い雑木林だった。私は海に行きたいんだけど、なぁ…。
「おれさ、前から、八条のこと、気になってたんだよね・・・」
「え?」
「おれとさ、付き合ってくれない?」
どうしよう。不測の事態。まずい。どう断ろう。まさか
「ごめんね、私結婚してるから」
とか言えないし……。
沈黙に耐えかねて、結城君が言った。
「だめか?」
「…うん・・・」
「じゃあ、じゃあさ、一発だけヤらして!」
彼は、私の肩をつかんで懇願してきた。
「…はい?」
たしかに、結城君は顔は悪くない。成績優秀、スポーツ万能タイプ。仮にも飃と結婚してなかったら、OKしちゃったかも…いやいや。それにしても、何で私なんかに声をかけるのかと思ったら…
「そういうこと…」
「おれのダチがさ、夜に学校でお前が誰かとセックスしてるの、みたって言うんだよ。もう処女じゃないんだろ?一回ぐらいいいじゃん?」
見られてたんだ!かぁ〜っと恥ずかしさがこみ上げる。それと、怒りが。
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…恐れ多くも、東国狗族の長の、この己の妻を「めえる」一つで階下に呼び出し、その上一夜限りの低俗で下卑た行為を要求するこの男を切り殺すのは、人間で言うところの「犯罪」に値するのかどうか、飃は雑木林の枝の上にうずくまって考えていた。
思うに、ここのところさくらからの扱いは改善した。たまに、スーパーで自分のためにちょっといい肉を買ってくれていることも、何度か見かけた。狗族の言葉もいくつか覚えては、嬉しそうにしている。そのたびに、飃の中で小さな泡がはじけるような、くすぐったい感じがしたものだ。
だが、今飃が感じているのは、憎悪以外の何者でもなかった。
こんなことを想定してわざわざ琉球までついてきたわけではなかったが、とにかく、ついてきて正解だった。
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「ちょっと…」
「な?いいんだろ?」
結城はわたしの肩をがっしりつかんだまま、木の幹に身体ごと押し付けた。
けど、お生憎様…あんたは私が毎日何を相手に戦っているか、知らないのよ。
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いいのか?これは、殺していいのか?
夫の存在にまったく気づいていないさくらの頭上で、飃が後ろの毛を逆立てた。男の手は、すでにさくらの胸元に伸びている。