「ドライブ・ドライブ」-2
ドアを開けて花が乗り込んできた。僕の視線に気付き口を開く。
「何よ」
「別に」
そしらぬ振りで僕は答える。
変な奴、と言いたげな花の表情を盗み見て、僕はコンビニの袋を差し出した。
「適当に買っておいた」
無言で受け取ると袋の中を物色した花は顔を上げて僕を見る。
「本当に適当ね」
「うるさい。嫌なら食べないでいいよ」
エンジンをかけながら僕は言った。
袋からペットボトルを取り出すと、花は黙ってオレンジジュースを飲んだ。
腹が空いていた僕は、運転しながらオニギリを食べることにした。
「花、オニギリ取って。梅干しの」
袋の底からオニギリを出すと、花はそのままそれを僕の膝の上に置く。
「…普通さ、手が塞がってるんだから封くらい開けてくれるんじゃない?」
僕が抗議すると、花は何でも無さそうに言った。
「どうしてあたしがそんな優しい事しなくちゃいけないのよ」
自分用のパンを食べながら花は続ける。
「あなたと付き合ってる訳でも無いのに。自分の事は自分でして」
諦めて僕は信号待ちの僅かな時間で封を開けた。海苔が半分切れてしまったが。
結構長い期間花と一緒にいるが、僕達は付き合っている訳ではなかった。只の友達として、花は僕の隣にいる。僕は花の隣にいる。
花の横顔を眺めながら、僕は花と出会った頃を思い出していた。まだ学生だった頃の話だ。
花は途中編入でやってきた。僕は花の隣の席で、何かと世話を焼くうちに何と無く一緒にいるようになった。
第一印象は完璧な花は、最初のうちは皆にもてはやされていたみたいだ。美しく、頭も良かった。でも、自由奔放(良く言えば)な性格が災いしてか、皆少しずつ花から離れていった。
僕はと言えば、花の自分勝手な振る舞いや横柄なもの言いも避ける統べを持てず、かといってそれを大して迷惑だとも思わなかった。今まで知り合ったどんな女の子とも花は違っていたし、先の読めない言動はスリリングで飽きなかった。
何時だったか、花と一緒にファーストフード店に入った時の事。知り合ってからそんなに日は経っていなかった。
花は何かしらブツブツと一人文句を言い、つまらなそうにポテトを口に運んでいた。その時に、僕はつい口にする。軽いたしなめのつもりだった。
「あんまり自分勝手過ぎると友達出来ないよ」
花は持っていたポテトを置き、真っ直ぐに僕を見た。そして傍らに置いてあるジュースを手に取り、プラスチックの蓋を外す。
異変に気付き顔を上げた僕に向かって、花は紙コップの中身をぶちまけた。幸い中身のジュースは既に飲まれた後で、でもファーストフード店特有の細かい氷が僕の顔面にいくつも当たった。
呆然とする僕をしり目に、花は何事も無かった顔でポテトを口にくわえた。
僕の気に入っていたシャツが一枚駄目になった。
そんな仕打を受けながらも、僕は花の側にいた。
自分勝手でもある花の行動、花には花なりのスタンスがあって、その強い光が僕にはとても眩しかった。
僕は花に恋をしていた。花に惹かれずにはいられなかった。
何度か花に気持ちを伝えようと思った事がある。でも結局僕は行動には移さなかった。花に笑われそうだと思ったし、花とのこの居心地いい関係が壊れるのが怖かった。
花と知り合ってから、何人かの女の子と付き合い日を重ねてきたりしたけれど、長続きはしなかった。花を重ねて見ていた訳ではない。僕は僕なりに彼女達を見てきた筈なのだけど、それを続けていく事が出来なかった。
彼女達との別れが来る度に花は僕に言った。
「何でいつも長続きしないのかしらね」
「さあ」
「あなたって、ちょっと我が儘なんじゃないの?」
花に言われたくない。
花はと言えば、その美しい顔立ちのせいで、いつも男に言い寄られていた。花の性格を知らない男や、性格を知っても果敢にアタックする男もいたが、やはり余り長続きしていなかったように思う。花とはそういった話をしなかったので、詳しくは知らないが。
別れが訪れても、花の普段の態度は変わらなかった。沈み込んだり、泣き出したりといった事は無かった。少なくとも、僕と一緒の時には。
「他人に弱味を見せたりしたくないの」
花の口癖で、それは強固に守られていた。
「そういうのって疲れない?」
何時だったか花に聞いた事がある。
「男は少しでも頼られたいって思うんじゃないの?少し肩の力を抜いたら?」
花はそんな僕の言葉に首をすくめただけだった。
僕の愛車は果てしなく走り続けていた。
車内での僕と花との会話は、まったくと言っていいほど弾まなかった。元々あまり花は自分から喋ったりするタイプではなかったが、今日の彼女は何時もよりも押し黙ったままだ。
気を利かせて僕は何かしらの話題を振ってみたけれど、花の返事はどれも心此処に在らずと言った感じだった。諦めて僕は話し掛ける事を止め、運転に集中することにした。