飃の啼く…第3章-4
「飃は、私を愛してるから抱くんじゃないんだよ!」
愛、だって。こんな状況で口に出して言うと、なんだか奇妙な言葉に思える。
「では何のために抱くというのだ?我が妻よ。」
低い低い声で問い返す。
「それよ!『我が妻』。つまるところはただの所有欲だわ。」
言ってしまった。こうなると、言葉の群れは決壊したダムと同じだ。
―どうやっても止められない。
「あなたは私のためじゃなくて、たのしい魔物狩りや、私の薙刀や…とにかく、そういうものを引き止めておきたいから私を抱くの!」
いやだ。こんなこと言いたくないのに。こんなこと、言うべきじゃない。頭をかきむしる。
「そんなに欲しいなら、その薙刀も、盾も、全部あげるわよ!もともとこんな戦いやりたくなかったんだもん。両親が勝手に私の中に武器の種をまいて、勝手に結婚相手まで決めて、勝手に私の人生を思い通りにしてるんだ!こんなの…」
飃の、顔を、見れない……。
「こんなの私の人生じゃない!」
そして、駆け出した。呼び止める声も、追ってくる足音も無かった。明かりも、ぬくもりもなく、暗闇だけが、私に手招きをしていた。
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飃は呆然としていた。
さくらの取り乱しように、ではない。誇張された表現の中に、たしかに身に覚えのあるものがあったからだ。こう見えても自分はさくらよりはるかに年上だし、戦士として自らを鍛えてきて、物事を冷静に捉えられるようにしてきたつもりだった。それが、16かそこらの小娘に、ものの見事に心のうちを読まれてしまったのだ。
たしかに、自分は盾など望んではいなかった。教わった伝説には「長柄」とだけあったから。当然、生まれ出るのは槍で、使うのは自分だと思っていた。巴形の薙刀を目にしたときの落胆を隠すのに必死だった覚えもある。
だが、あまりに長い間待ちわびた復讐の日々。狗族の苦悩に満ちた歴史。贖罪と、憎しみ。何時しか自分はそれを生き甲斐にしてしまったのかも知れない。
飃は、盾と薙刀を持って、さくらの後を追った。
後悔?懺悔?悔悛?さくらが望んでいるものは、なんなのだろう。飃は、初めてそれを考えてみた。
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―後悔だ。
私は今、猛烈に後悔している。
まるでハリウッドの映画だ。たいてい感情的になってチームの和を乱すのは女。そして、それがトラブルを引き起こす。女性をそういう風に描くその手のパニック映画が大っ嫌いなくせに、私は今おんなじことをしてる。
これが映画だったらどんなにいいか。でも、そうじゃない。枝分かれする線路の迷路の、どこに迷い込んだのかもわからない。暗い、寒い…怖い。
ああ…あの時黙って飃の腕の中に収まっていればよかったのかな…飃、きっと怒っただろうな。もう私のことなんて省みずに、狩に出かけちゃったかも。あんなこといって、悪かったかな。