夏〜第二章〜-3
どうせ生き延びても、俺はただ人を殺すだけ、これから先もまたまた修羅の道が続くだけだ。
何ともなしに、右手を翳す。
この手で俺は何百人の命を奪って来た。
後悔はしてないし、酷い事をしたという罪悪感も沸かない。
その数百人にあるはずだった未来や、今も帰りを待つ家族の事を考えても、何の感情も持たない。
ただ、それらに対して何の罪悪感も、憐れみも持たない自分が恐ろしかった。
手が日を遮り影を作る。
影の中に俺がいる。
まだここに俺はいるのだ。
突然右手の先に顔が現れた。
先ほどの少女だ。
生まれてこの方、日の光を浴びた事は無いんじゃないかと疑われるほど白く幼い顔を、安心したような顔で覗き込んでいた。
黒目勝ちな目は、水がそのまま目の形になったかのように透き通っている。
それだけで、少女がどれだけ恵まれた環境で育ってきたかというのが見て取れた。
総じて、人とは年を取るごとに目が汚くなる物だ。
それは世の中の汚い物を沢山目にしてしまうからだと言う。
だが、少女の目はそんな汚い物を一度も見た事がないようなほど、澄んでいた。
「お前が助けてくれたのか?」
コクリと少女は頷いた。
この様子からすると、あまり多弁な方ではないらしい。
「そうか」
俺は、体を起こそうと、左手に力を入れた。
「おうっ!」
左脇腹に激痛。
撃たれた事実だけをすっかり忘れていた。
再び床に伏し、左脇腹をさする。
たしかにまだ熱を持っている。
さっさと退散しようとも思ったが、そうはいかないらしい。
目を再び天井に向けると、少女が心配そうに覗き込んでいた。
「たいした事はない」
その一言を呆気なく信じ、少女は僅かに微笑んだ。
その時、俺は生まれて初めて、人を……愛しいと感じた。
それは、思わず触りたくなるほどに艶やかで柔らかそうな少女の肌からでなく、甘美な少女の体臭からでもない。
生まれて初めて、利害から来る物でなく、決して合理的でない、純粋な俺へ向けられた愛を感じたからだ。
馬鹿みたいな話だが、こうして看病されるのも初めてなのだ。
まるで自分の事のように苦しみ、心配し、看病することは、少女にとってはほんの些細な当然な愛なのかもしれない。
だが、不公平な愛の環境に育った俺にとって、
それはどうやっても得られなかった物だった。
この少女は、愛を存分に受け育ったに違いない。
そうでもなければ、俺のような人間に、愛を与えられるわけがない。
愛は与えられた分、人に与えられるものなのだから。
少女はしばらく俺を何も言わずに見つめると、何かを思い出したかのように、部屋を出て行った。
何もない天井が戻ってくる。
遠くからはヒグラシの鳴く声が聞こえた。
もの寂しく鳴くその声は、俺の心を和ませ、眠りを誘った。