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【青春 恋愛小説】

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夏〜第二章〜-4

まどろみの向こうで音がした。
ほんの僅かな、しかし人為的な音。
職業柄そういう音に関してはとても敏感だった。
これくらいの音であれば、相手がどんな人間で、どんな動きをしているか、読み取る事は、三度の飯より簡単だ。
「何の用だ?」
敵意のないのを確認し、近づいてくるそれに聞いた。
「ゆ、夕飯です。お食べになるでしょう?」
少し凄みのある俺の声に怯えながらそれは答えた。
ハキハキした喋り方からして、さっきの寡黙な少女ではなさそうだ。
「ああ、すまない。ありがとう」
少し声を和らげ、声の方向に向き直る。
俺は軽い混乱を覚えた。
さっきの少女をそのまま大きくしたような若い女がいたのだ。
「少し熱いですが……」
女は、俺の側に座り、小さな鍋の蓋を開けた。
湯気が一瞬、俺の視界を遮る。
ほどなくして、鍋の中に絹のように肌理細やかな白米が見えた。
「お粥、か」
「お嫌いですか?」
まるで一つの芸術品のような眉をひそめ、不安そうな顔で女は聞いた。
ここで、ああ嫌いだと答えられる人間がいたら、是非お会いしたい者だ。
「いや、むしろ好きだ」
「そうですか」
女は、満足そうに微笑むと、女は、おたまを鍋の中にいれ、白米を掬った。
「そのくらい、自分で……」
「駄目です」
有無を言わさず、きっぱりと女は断言した。
そうして掬ったおたまに、フーと息を吹きかける。
「怪我人なんだから、ジッとしててください。はいあーん」
「む」
渋々口を開け、そのまま飲み込んだ。
熱さはちょうど良く、塩加減もちょうど良い、舌触り、米の持つ甘さ、何をとっても
絶妙なバランスを保った絶品だった。
「お味はどうですか?」
余程自信があるのか、まるで答えを予知してるかのような言い方で女は問いた。
「うん、旨い。かなり旨い」
「やっぱり。自分で言うのもなんですが、私料理得意なんです」
自慢気に微笑む女の顔は、眩し過ぎて正視できないほど美しい。
何だか何もかも、出来過ぎた女だ。
「あ、じゃあ今度は……」
それから永遠と、料理の話が続いた。
何々を作るのが特に得意だとか、最近食料の買い出しの関係であまりいい物は作れてないが云々。
だが、常に自分を謙遜して喋るせいか、これだけ喋られても不思議と不快に感じなかった。
「それで、この前はですね……」
と、そこでまた襖が開いた。
「萩(はぎ)いつまで喋ってんだ」
如何にも、漢を絵に描いたような暑苦しい顔の中年の男がスッと現れた。
「すみません、旦那様」
旦那様?
意外な言葉に耳を疑った。
「悪いな、うちの女房の長話に付き合わさせちまって」
女房、その言葉で俺は確信した。
ああ、この髭面の暑苦しい男とこの美しい若い女は夫婦なのだ。
軽い失望に、さっきのときめきへの恥ずかしさが混ざり合い、何とも言えない落ち込んだ気分になった。
「どした?」
「何でもない、何でもないんだ……」
「ま、しっかり休んでけよ、小僧」
小僧。
再び俺は耳を疑った。
もう、いくらなんでも小僧なんて言われる年じゃない。
それに少し失礼だ。
「旦那、俺は小僧なんて言わ」
「お、そうだ。小僧」
言おうとした側から、小僧。
俺は諦めた。
言わせてやることにしよう。
「ついでだ。うちの娘をもらってってくれよ」
娘、さっきの少女の事だろう。
「また旦那様ったら、冗談にならない冗談を」
「冗談じゃねぇって、さっきから撫子(なでしこ)があの小僧のことばっかり……」
「言ってない!」
少女が突然襖を開けて、入ってきた。
「言ってない!」
もう一度、旦那を睨みつけて言う。
凄い剣幕だった。
ここまでの勢いで、否定されるとさすがに俺もへこんだ。
少しくらい夢を見せてくれてもいいものを。
「わかった、わかった」
そんな撫子の様子に苦笑いを浮かべながら、旦那はなだめた。


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