絶世の美女は災厄の女神-1
一人の若者が、凛々しくも煌(きら)びやかな装いでもって颯爽と白馬に跨り、華麗に風を切ってやって来た。腰には立派な剣を携(たずさ)え、金モールの付いたマントには立派なライオンの紋章までもが刺繍されている。恐らくは、どこぞの貴族か金持ちか、あるいは王族なのであろう。そしてその手に抱える真っ赤な薔薇(ばら)の花束。
若者は、途ある町外れの一軒家の前で立ち止まった。
馬から下りると、薔薇の花束を大切そうに抱えたまま、その家の扉をノックする。
しばらくして家の扉が開かれると、中からこの世の者とは思えない程の絶世の美女が姿を現した。
「おおーー麗しの君『リアキナモーカナ』よ! わたしは東の国の王子。噂にたがわぬ美しき人を、我妻として娶(めと)らんと遠路はるばるやってまいりました。どうかわたしのこの気持、受け取ってはもらえまいか」
若者はそう言いながら、たらい桶一杯はあるだろう大きな薔薇の花束を美女に差し出した。
だが美女『リアキナモーカナ』は、そんな若者の差し出す花束を受け取ろうとはしない。それどころか。
「あんたで丁度1000人目だわ」
そんな事を呟くと、その白くてしなやかな腕を突き出して、若者の後ろの方を指差すのだった。
若き東の国の王子は、そんなリアの細い指先を追うようにして振り返ると、眼に飛び込んで来た光景に驚き、腰を抜かす。
「ちょっとまったーーー!」
「どけどけ! 俺様が先だっ!!」
「リアさーーん! 俺と結婚してくれーー!」
「わしがあと50歳若かったら、即効で口説き落としておりますぞぉ!」
「うっせーー! ジジイはすっこんでろっ!!」
弩等(どとう)のごとく押し寄せる、人、人、人。その人の群れたるや優に100人は下らないだろう。砂塵を巻き上げ木々をなぎ倒し、迫り来る人の群れに、若き東の国の王子も悲鳴を上げる。
「ひえぇぇぇぇっ! これ全部リアキナモーカナ嬢への求婚者っ! たたたたすけてくれーーー! こっ殺されるぅ〜〜〜!」
何一つ不自由の無い平和な国で育った若き王子。他者との競争に勝つ、そんな実戦経験の無い彼にとっては、猪突猛進、迫り来る人の群れはまさしく鬼神のごとく。我先を先途って他者を押しのけ殴り倒し、さながら阿鼻叫喚が地獄絵図な光景を目の前に、最早失禁寸前! 成すすべ無し。
そんな群集に飲まれるや、若き東の国の王子もまた組んず解れず、もみくちゃにされながらも、その場を命からがら逃げ出す始末。
それを見て。
「やれやれ…… まずは一人脱落か」
リアは家の前で我が身を奪い合い、さながらプロレスの場外乱闘の如く、無差別な弩付き合いを繰り返す群集を呆れた眼で見詰めながら、憂鬱そうに頭を掻くばかりであった。
*****
“レディース エーンド ジェントルメーーンッ! アーユーLEADY! GO!!”
人、人、人。そしてまた人の山。老いも若きもが一同に集まって、小高い丘の上から一斉に走り出す。
ある者はその健脚を生かし、ある者は馬に跨って、また有る者は何やらからくり仕掛けの荷車に乗り。大金持ちの旦那衆などは、家来の者が担ぐ籠に乗っかってと、次々に丘を駆け下りて行った。
総勢300人からは下らないであろう群衆は、遠く100キロ離れたリアキナモーカナの家を目指してまっしぐら。さながら大運動会を締めくくる、全校生徒参加のマラソン競技のごとく、一心不乱、一目散に美しき美女『リアキナモーカナ』の待つゴール目指して、駆け急ぐのであった。