レン-40
俺は壁に刺さったナイフを抜くと、それを此方に向かってくる男に投げ付けた。扱い慣れないナイフは円を描く事もせず、一直線に男へと向かう。
それを見た男は口元を歪ませて笑みを浮かべ、俺の投げたナイフを空中で掴み取った。そして掴み取ったそれを合間を空けずに俺へ投げ返す。
〈レイラさん、詳しい話は後程。〉
不意にイヤホンから流れたフールの声に、俺はナイフを避けきる事が出来なかった。
曖昧に避けたナイフは俺の左足をかすめ、外股に傷を作る。革パンのお陰で傷はそれほど深くなかったが、この傷が俺から俊敏さを奪う事は確かだ。
だがそれよりも俺を揺るがした物は、フールの発した言葉であった。
玲良がフールの元に居る。
幸い彼女が現在居るであろう広間は、生きたままの確保が望まれる社長の部屋に近いという理由で攻撃の対象からは外れていた。
だが俺は彼女がフールの側に居たという事に、強い不安を感じた。
「大分上の空みてぇじゃねぇか。それとも、もう生きる事を諦めたのか?」
ナイフを手にした男が言った。
『冗談だろ、お前に殺される気など更々ない。』
俺は掌のVrを握り直した。
だがこの先、俺がこの男に対してGryを撃つ事はなかった。
イヤホンから聞こえる音からは、一度は誰も居なくなった部屋に再び人が戻る気配がした。おそらく社長の護衛の為に、友常や衛兵達が武器を手に戻ってきたのだろう。
だがそれから直ぐに、十数発の銃声が聞こえてきた。どうやら友常達は何者かによって、攻撃を受けた様だ。
おそらくその相手はフールだろう。
そして再びイヤホンは静かになる。
俺はその間に、男によって壁際に追い詰められていた。喉元に突き付けられたナイフは今にも俺の命を奪おうとする。俺は男の腕を掴み、それを辛うじて防いでいた。
どうやら俺は動けない状況を、自ら作り上げてしまったらしい。Vrを握る腕は男に抑え付けられ、撃つ事は叶わない。だが男のナイフを振り切って身を交しても、この距離では直ぐに男のナイフが襲いかかるだろう。
硬直状態は続く。
どれ位の時が経っただろうか、外でのINCの強襲部隊と衛兵達との戦闘の音は遠くで響いていたが、俺の直ぐ近くで一発の銃声が響いた。
俺と男は未だに視線すら反らせずに対峙していた。すると廊下の一番奥のドアの電子キィが開かれる音がし、それとほぼ同時に再び銃声が響いた。
「………うっ。」
男の頭部に銃弾が命中し、俺の腕を握っていた腕が力を失う。
そして男はその場に崩れさった。
『相変わらず良い腕だ。』
俺は開いたドアを見つめて言った。
「こちらでの騒動には気付いていたのですが、加勢することが出来ませんでした。申し訳ありません。」
ドアを開いたのは、スーツを血に染めたケイだった。ドアからここまでの距離は約五十メートルといった所。その距離から確実に男の頭を撃ち抜いたケイの銃撃の腕は流石だ。
『いや、データの方は?』
先程までケイの居た部屋はシェリルの執務室だったのだろう。
「ここに。」
そう言ってケイは、ポケットから取り出したUSBメモリを見せた。
「彼女がある条件と交換に渡してくれました。」
『条件?』
俺は最初に響いた銃声を思い出した。