レン-38
俺はそれを合図に階段を駆け上がり、直ぐに作戦本部との通信に切り替えた通信装置に向かって言った。
『建物内に入る。』
〈わかった。幹部達の揃う広間がある上部にはまだ近付くな。〉
『了解。』
十字形をした建物内は大きく四つのエリアに区切られている。
十字形の下部と中央部分はは無駄に広いエントランス。応接セットなどが置かれ、ホテルのロビーの様な作りだ。中央部分には螺旋階段があり、その螺旋階段を登るとそこは屋上庭園だ。
右部は幹部専用の役員室のエリア。エントランスから延びる廊下の両脇にドアが並び、役員には各一部屋づつが当てがわれている。
左部は幹部以外の事務方の人間の執務室と、建物の警備にあたる衛兵達の詰め部屋があり、作りは右部と対称になっている。
そして最後の上部にはこの建物の主要な部分が集まっている。エントランスから繋がる部分には今まさに重役会の行われている広間があり、その奥には社長の部屋があるようだ。
俺は庭を走り抜け建物内に入る。エントランスに人影が無い事を確認するとジャケットから銃を取り出す。
CAADC【中央アジア武器開発公社】製の9mmオートのこの銃の名はVr98。手に余る大きさ故の扱い難さから敬遠されがちな銃だが、シンプルでいい銃だ。
Vrに消音器を付けて安全装置を外し、俺は右部へと足を進めた。
右部はフロア全体が静まりかえっており、人が居るような気配は無かった。
電子キィは中に人が居るかどうか点灯しているライトの色で示す機能が付いていたが、その機能を信じるならば、どの部屋にも人はいないようだ。
予定よりも遅れて始まった重役会のお陰で、俺に与えられた猶予は十五分間。既に攻撃が始まるまでは十分を切っていた。
盗聴機を通して伝えられる重役会では、姿を見せない俺の出世の道を閉ざす決定がなされたようだ。
だがそんな事はもうどうでもいいのだ。俺にモタモタしている暇は無い。
俺は進んできた廊下を引き返し、上部以外で調べる事の出来る左部に向かった。
エントランスと左部を区切るドアを開けると、そこには俺に背を向けて立った一人の衛兵がいた。ドアの開く気配に気付いて衛兵が此方を振り向いた瞬間、俺は一気に間合いをつめ、勢いをそのままに衛兵を蹴り倒した。見事に側頭に命中した俺の足は、一発で意識を奪う事が出来た様だ。
だが俺はサイレンサーを付けたVrを使わなかった事を後悔する事になった。奴が派手に倒れた物音は、直ぐ様他の衛兵達を呼び寄せてしまったのだから。
エントランスから奥へと延びる廊下の両側のドアが幾つかが開き、そこからは薄汚れた戦闘服に身を包んだ五人の男達が姿を現した。
男達は銃を手にした俺と、倒れた衛兵を見比べると、直ぐに俺を敵と見なしたらしい。それは場数を踏んだ者故の直感か、それともただ争いに身を置きたいだけなのか。
一番近くのドアから出てきた男は、じりじりと俺ににじり寄る。手にはウジーとおぼしきサブマシンガン。この距離で照準に狂いなくその引金を弾かれたら、俺はそれ以降の生を失う。
男との距離、約三メートル。