レン-24
俺は常磐道をひたすら北へ向かった。彼女はぴったりと後ろをポルシェでついてくる。
スピードメーターは限界ギリギリだ。
SAに寄る事もせず茨城県内を暫く走ると、東へ向かう北関東自動車道へと入った。
特に目的の場所があった訳ではない。
ただ無償に、彼女と二人で過ごせる静かな場所が欲しかった。
俺は北関東道を降りる料金所でも停まる事はなく、料金所を無視して突破した。彼女もそれに倣い、俺に続いた。
一般道へ降りると、そこはどうやら海の近くの様だ。風に潮の薫りが混じっていた。
俺は拓けた海岸線を見付けると、彼女に合図しハーレーを停める。
もう夜が明けようとしていた。
時間帯のせいか、辺りには人一人見当たらない。
彼女は俺のすぐ横にポルシェを停め、ハーレーに跨ったままの俺の元へと歩み寄る。
『あれ、なんて読むんだ?』
俺はが海岸線に立つ標識を指差して言った。きっとそれにはこの場所の地名が書かれているのだろう。
「アジガウラね。日本語、読むのは得意じゃないの?」
『少しな、ずっとアメリカで育ったんだ。』
俺はタバコに火を着けた。
「私、あなたの事何も知らないわね。」
『知りたいと思うか?』
彼女は黙って頷いた。
『俺の親父は韓国人の科学者でね、仕事でずっとアメリカにいたんだ。母親は韓国に残って俺を育てたが、俺が4つの時に死んだ。』
「という事はあなたも韓国人なのね?」
『あぁ、だがその後俺を引き取った親父がアメリカ国籍を取得し、俺もアメリカの国籍を持った。親父は仕事に没頭する人間でね、他人に俺の世話を任せっぱなしで、顔を合わせるのは年に一、二度だった。だがその間に教育だけは人一倍受けさせられた。日本語もその時覚えたんだ。』
「今そのお父様とは…?」
『親父は俺も科学者にしたかったらしい。だが俺はその期待を見事に裏切った。疎遠もいいとこさ。』
「そう。」
俺は跨っていたハーレーから離れると、砂浜へと降りた。
心地良い潮風が、髪の間をすり抜けていく。
『レイラ、君が総てを知るのはまだ先になるだろう。』
俺はゆっくりと話し始めた。彼女は訳がわからないという顔で俺を見つめる。
『ただ、俺の事を信じて欲しい。何があっても。』
戸惑いを浮かべていた彼女の表情は、瞬きと共に笑顔に変わった。
「わかった、信じるわ。」
それを聞いた俺は彼女を砂浜へと引き寄せ、強く強く抱きしめる。全てが終わった後も、こうして彼女が俺の腕の中にいてくれる事を願って。
その後、彼女はトラックジャッカーのアジトを突き止めるまでの経緯を俺に話した。
二人共砂浜に腰を下ろし、俺は相槌を打ちながら彼女の話を聞いた。
彼女の真実の姿は日本の麻取であり、目的は組織の摘発、決して組織繁栄の手助けの為ではないはずた。
にもかかわらず、何故彼女がトラックジャッカーの排除という組織を手助けする様な行動を取ったのか。
トラックジャッカー達の排除に彼女が携る事は、いささか麻取としての潜入目的を逸脱してしまっている。それに彼女自身が刑事訴追を受ける可能性もあるだろう。
だがそれでも彼女はトラックジャッカーの完全排除を成し遂げた。
それはきっと、組織の頂点である社長への足掛かりを掴む為だ。
酷く閉鎖的なこの組織において、社長の情報が末端の運び屋にまで届く事は考えられない。社長へと近付くには組織の階段を登れる所まで登るしかない、彼女はきっとそう考えたのだろう。
そしてその方法として、彼女はトラックジャッカーの完全排除という、最も分かりやすい形での組織貢献を選んだのだ。
やはり彼女は俺が見込んだ通り、いやそれ以上に素晴らしい存在だ。
彼女の優れた才能は、危険が及ぶ任務でこそ活かされる。