特進クラスの期末考査 『淫らな実験をレポートせよ』act.5-2
「瀬田和馬でしょ。キミ」
不意に名前を呼ばれ視線を移すと、待っていたとばかりに弥生が微笑んだ。
「弓道部の子たちが騒いでいたのよ。かわっこいい子が入ったって」
(かわっこいい?……弓道部?)
首を捻って考える瀬田に弥生は目を細める。
(………あ)
瀬田が思い出して顔を上げる。真っ直ぐ前から弥生を見つめてようやく理解する。
「弓道部の顧問の……」
「そう。当たり」
ニカッと眩しい笑顔。それが弥生との出会いだった。
目の前に広がる住宅街。そこにひっそりと佇む、淡いピンク色のアパート。
それが視界に入ると瀬田の顔が自然と笑顔に変わっていった。
『コーポ・桜』
名前の通り奥ゆかしく、それでいて存在感のある建て構えである。
自転車をいつもの定位置、105の駐車場に駐輪させ、はやる気持ちを押さえながら階段を上る。スニーカーが階段を踏み締める度に、鉄骨の足場がゴワンと音を立てた。
―――ピンポーン
来客を告げるドアチャイムが、確かに扉の内側に響いている。
瀬田は訝しげな顔で3度目のチャイムを鳴らしたが、一向に足音すら聞こえない。不信に思って携帯電話の通話履歴から呼び出すが、案の定「電波の届かない場所か電源が入っていない為掛かりません」と冷たい電子音が聞こえるだけだ。
(嫌な予感がする)
じっとりと背中に汗を感じながら、ジーパンのヒップポケットから小さな鍵を2つ取り出す。
一つは自転車の鍵。もう一つはこの堅く閉ざされた扉を開ける鍵だ。
後者を沈黙する鍵穴へと挿入する。
だが、嫌な予感は外れる事無く、現実へと姿を変えていたのだった――――
がらんとしたワンルーム。冷蔵庫の稼働音さえ聞こえない。
明らかにおかしい。
まるでこの部屋に初めから誰も住んで居なかったかの様なのだ。
瀬田は息を飲みながら静かに靴を脱ぎ、部屋へと足を踏み出す。その足取りは、まるでこれからお化け屋敷に入る様な感じだ。
(……いない)
頑張ってもワンルーム。居ない事は入ってすぐ気が付くが、瀬田はクローゼットの中やトイレまで確認した。
(居ないどころか、私物まで何一つ無い)
半ば諦め気味に、瀬田は塵一つ無いフローリングの床に腰を下ろす。家具家電付きのワンルームは生活感の無いモデルルームの様だ。
(昨日までは確かにここにいた筈なのに)
そうだ。確かにいたのだ。
瀬田は寝る前に電話を掛けたのだ。そして弥生と他愛の無い話をして……
(既に昨日からここでは無いところにいた……?)
いつもの様に話したとは言え、携帯電話で話している相手の居場所まで瀬田には分からない。
(つまりは……)
途方に暮れてしまう。じんわりと悲しみが胸を埋め尽くす。