【思い出よりも…中編】-1
慶子と再開した翌日、私はいつも通りに会社のデスクに座って仕事に勤しんでいた。
昨夜、再開を祝って遅くまで呑んだ割には酒は残っておらず、むしろ大いに楽しんだためか溜っていたストレスが解消されてスッキリしている。今朝の事を除けば。
今朝も妻の加奈枝と激しく言い争った。娘の美那の父兄参観についてだ。
「何処に出かけるのよ!」
背広に着替え、玄関へむかう私を加奈枝のヒステリックな声が止めた。
「何処って、仕事に決まってるだろう」
「昨日、言ったわよね!美那の参観日だって!」
「だから何?」
「参観の後に先生と面談があるのよ!だからあなたに行って欲しいんじゃないの!」
私は加奈枝の言葉を無視して靴を履いた。彼女はなおも続けて、
「あなたは美那が可愛くないの!あの娘の人生を狂わしたいの!」
「美那じゃなくてお前の人生だろう……」
私はそう言うと、カバンを持ってドアーを開けようとした。すると、
「分かったわ!!美那を連れて実家に帰らせてもらうわ!」
加奈枝は私の背中へ『伝家の宝刀』を抜いた。これまでも度ある毎に使い、私は仕方なく妥協してきた。が、今回はそんな感情は湧いてこなかった。
「好きにすればいい……」
私はそれだけ言うと、自宅を後にした。
不思議と後悔はしなかった。むしろ厄介払いが出来たという気持ちの方が強かった。ただ、娘…美那の事が気にかかる。最終的には調停か裁判になるのだろうが……
午前中の会議の後、上役達と昼食に出かけた時、私の携帯が震え出した。
背広の内ポケットから携帯を取り出して見ると、慶子からだった。
私は震えている携帯を、そのまま元の場所へしまうと、
「何か深刻な事かね?伊吹君」
私に声を掛けて来たのは常務の秋山だった。私は作り笑いを浮かべて、
「いえ…妻からです。今日の帰りを気になったようで…」
まったくのデタラメだ。秋山は目を細めて私を見ながら、
「夫婦円満、結構な事だ。家庭がしっかりしてるから、男は仕事に打ち込めるんだからな」
「おっしゃる通りです。妻あっての私ですから」
「君は良い伴侶を選んだな」
「はあ…」
私は作り笑顔のまま生返事をした。まるで秋山は私の胴中を察しているかのようだった。