お蓮昔語り〜其の二『炎』〜-3
「行きましょう!炎も、本格的に回り始めてきた」
「―――ぅわっ」
その場に崩れ落ちていた私の身体を、いとも簡単に抱え上げて彼はその場から走り出した。
揺られながら彼の肩越しに見たそこには、今まで私が座り込んでいた板塀の脇を狂ったように燃え上がる炎。
(あと少し、助けてもらうのが遅かったら・・・)
恐怖で胸が苦しくなる。
思わず、我を忘れて私を抱えてくれている彼の首筋にしがみついた。
嫁入り前の女子がはしたないっ!と、叔母が見たら卒倒してしまいそうな光景だろうけれど。
(あたたかい・・・)
人の、体温。
こんな夏の盛りに、普段なら煩わしくさえ思うはずのその温もりが、今は心から安心できる。
そういえば、人の笑い声を聞いたのも久しぶりだったような気がする。
この三日間、耳にするのは悲鳴やうめき声ばかりだった。
「―――・・・・・・。」
また、溢れてくる涙。
けれどもそれは、先ほど流した絶望の涙とは違うものであることだけは確実。
「・・・ん?どうしました?もう、大丈夫ですよ。」
腕の中の私の異変に気がついたのか、彼の視線が私を見下ろす。
優しい、笑み。
人斬り壬生狼には血も涙もありゃしない――と、いつか誰かに聞いたけれど。
でも。
見上げた視線の先に、私から顔を上げて前を見つめる彼の横顔。
この命の重みを、確かに支えてくれているその両の腕。
「ありがとう・・・ございます・・・」
呟いたその声は、彼の耳に届いたであろうか。
そうして。
心地よいその揺れの中で、私に意識は静かに落ちていった。
<其の二 終>