お蓮昔語り〜其の二『炎』〜-2
―――その時。
突然、背にしていた崩れ掛けの板塀が火を噴いた。
鎮火したように見えても、未だその熱さは冷めていなかったのだろう。
(・・・逃げなくては!!)
瞬間的に後ずさりして、何とか猛火の直撃は避けられたものの、怯えた足は動いてくれない。
(早く・・・早く!)
助けを呼ぼうと声を限りに叫んでは見たが、その喉元からはわずかに掠れた悲鳴が上がったのみだった。
もういいや・・・と、確かにそう思っていたはずだったのに、いざこのような状況になってみたら生へと足掻く自分を感じる。
「父様・・・母様・・・」
思わず、唇を衝いて出たのは懐かしき両親を呼ぶ声。
涙が溢れた。
曇る視界のその向こう、吹き上げる火の勢いは増すばかり。
(あぁ、もう本当に・・・)
生命の終わりを、思った。
「―――馬鹿っ!!何をしているんですか!?」
突如、腕を摑まれ引きあげられる私の身体。
力の入らない膝が笑う。
何が起きたのかもよくわからないまま、降ってきた怒声に驚いて顔を上げた。
「あ・・・!」
そこには、襲い掛かろうとする猛火を見据える見覚えのある横顔。
「あなた、この前の・・・?」
三月ばかり前のある春の日、桜舞い散る中で出逢った長身の新選組隊士。
あの時、浪士狩りに巻き込まれて倒れた私を助けてくれた手が、今日も同じように差し出される。
「せっかくあの大火から逃れたというのに、ここで丸焼きになるつもりですか。命は大切にするようにと、あの時も言ったはずです」
「あの時?」
(そんな事、言われた覚えは・・・)
「覚えてないなら構いません。さぁ、早く!安全な場所まで誘導しますから!」
そのまま、一瞬にして火のない方向を見切った彼は、私の手を引いて駆け出そうと振り返った。
「―――あ、待って!」
「どうしたんですか!?」
「・・・力が入らない。走れません・・・」
情けないことに、腰も足もその感覚が失せていた。
(あぁ・・・)
この前、この人に出逢った時の強気な自分を思い出す。
二度と逢うこともないと思っていたから、助けてくれたというのにひどい態度を取ってしまったのだ。
ばつの悪さに、私は思わず俯いた。
「―――クッ・・・」
「?」
「アハハハハ・・・!」
・・・しばし、呆然。
目の前で駆け出そうとしていたはずのその人は、一瞬の間の後に何を思ったかおなかを抱えて笑い出した。
火事場で笑う人もさほど見かけないけれど、武士がこんなに大口開けて笑っていいものなのだろうか?
思わず、見当違いなことを考えてから私は、笑われている原因が自分にあることにようやく気が付く。
「・・・あの〜」
「いや、すまない。それにしてもあなた、この前とはえらい違いですね。おとなしくてしおらしい、まるで別人のよう」
(・・・わかっています!)
「それに、歩けないのなら先にそうと言ってくださいよ。思わず、死ぬ気なのかと思って怒鳴ってしまったじゃないですか」
あながち、全くのはずれでもない。
でも、私の心によぎったそんな想いを知ってか知らずか、彼の表情は笑いから困惑へと変わった。
「・・・いや、できるわけないですよね。こんな惨状の中に女子が一人きりでいた心細さ・・・。無神経なことを言ってしまって、申し訳ない」
そして。