針のない時計-6
「岸川 健吾(きしかわ けんご)の母ですが…息子がこちらでお世話になっていないでしょうか…?」
「はい?」
控えめに、申し訳なさそうに女性が言った。
「健吾だ、いるんだろ、いいから部屋を開けなさい!!」
その女性とは正反対の威圧的な男性…
「あの〜…すみません…人違いじゃないですか?」
「ここに居るのは分かっているんだ!!いいから開けなさいっ!!」
ー何だ?…
「あの、申し訳ないですが、岸川健吾さんはこちらにはいませんがっ」
私、この威圧的な態度に腹が立った。
中学や高校の教師を思い出す。
「健吾っいるんだろ、いつまでこんな事を続ける気だ!!健吾!!」
男性が私を押しのけて、玄関の戸に向かい叫びだした。
ーちょっ…おいっ
「あなた…あの子が働いているってお店…行ってみましょう」
「…ああ…」
女性が遠慮がちに男性へ言う。
夫婦なのだろうが、旦那にやたら気を使う奥さんだ。
「邪魔したな、また来るから、健吾によく言っておきなさい」
ーはぁ…
私に背を向けた男性を確認すると、女性が申し訳なさそうに頭を下げた。
つられて私も軽く会釈を返す。
ー…なん…だったのでしょう…?…まぁいいか…
ハルのバイト先は創作料理の居酒屋。
ー…ふーん…しかしまぁ、ほんとrococoの近くね…
「いらっしゃい…」
ハルの制服姿が何だか新鮮…
「とりあえず梅酒ね」
「うん」
私、ハルの後ろ姿を見送りながらタバコを手に取った。
!!っー
ーあ…ああっ!!ハルだっハルに似てる!!あの女の人…ハルに…じゃあ、じゃあもしかして…あの二人って…もしかして…
「はい梅酒」
ハルは笑顔で梅酒をテーブルに置いた。
「あっ…」
「?何?」
ーどうしよう…
「あの…」
「何?」
ー今日の事…言うべき?
「えと…」
ー…でも…何か、言いたくない…
言ってしまったらハルがいなくなってしまいそうで…
『ハルが決めることだろ』
その時、瓜生の言葉が頭に浮かんだ。
「…大根サラダと…豆腐ステーキ…」
「了解」
ー……
言葉を飲み込む私、伝えるべきだったのだろうか…
あの二人がハルの親だという確信はない。だけど状況からいえば間違いない。
ー岸川健吾…って…じゃあ、ハルは偽名を使ってる…?
本当に両親だったらまた訪ねてくるはず。
その時、ハルを連れて行ってしまうのだろうか…?
ドクン…
ー……
やはりハルに伝えるべきなのかもしれない…瓜生の言った言葉にすがって口をつぐんだ私は…
私は、どうしようもなく弱くてズルい人間だ。