ずっと、好きだった-2
昔、生物の教師が話していた。
ある動物は、自分の子供が敵に殺されそうになっていると、咄嗟に子供を食べてしまうことがあるのだそうだ。
自分の中に子供を入れてしまうことによって、『守る』のだと言う。
その話を聞いた生徒たちは、彼女を含め、皆眉をひそめていた。
もちろん僕も例外ではなかったのだが、今なら理解できる気がする。
このまま、抱き潰してしまおうか。
彼女の身体に触れると、いつもそんな考えが浮かぶのだ。
他の奴に奪われてしまう前に。
僕から離れてしまう前に。
そう思ってしまう。
少し前まで、あの男を好きだと言い、顔を赤らめ、涙をこぼす彼女の頭をそっと撫でることのできていた自分が、嘘のようだ。
彼女と身体を重ねてから、僕の独占欲や嫉妬心には歯止めがきかなくなってしまった。
「あの人から、電話があったの」
唇が触れようとするとき、彼女は少し早口に言った。
途端に僕の心臓は痛みだし、背中には冷や汗が流れる。
「…なんて?」
「やり直したいって」
目の前が真っ暗になる。
一番恐れていたことが、起きてしまった。
「何なんだよ、アイツ。散々、ノリのこと悲しませておいて、今さら…」
はっとして、僕は口をつぐむ。
彼女を悲しませているのは、僕も同じなのだ。
僕の気持ちを知らない彼女にとって、僕は彼女の弱みに付け込み身体を弄ぶ、最悪の男でしかないのだ。
「これから、会いに行くんだ」
「…え?」
「約束してるの、今日の八時」
時計を見ると、既に七時を回っている。
僕はほとんど無意識に、彼女の唇を奪っていた。
ああ、抱き潰してしまいたい。
「悠紀、もうやめて…」
突き放すでもなく、彼女はそう呟いた。
僕は本当に抱き潰してしまおうと腕に力を込めたが、意思とは裏腹に、身体はそれを拒んだ。
彼女を目で追うだけだった頃の自分、くだらない話に微笑みあっていた頃の自分、彼女の恋を偽りの言葉で、でも本当に幸せを願って見守っていた頃の自分が、それを拒んだ。
やはり、僕は動物にはなりきれないのだ。
結局、僕の腕は彼女を優しく包み込んでしまうのだ。
「悠紀…?」
「…俺らは…」
どこで間違えてしまったのだろうなんて、思い当たる節はいくつでもあって。
「もう、会えないな」
僕はただ、彼女を好きだっただけなのに。
腕をほどき、向かい合う。
「いろいろ、迷惑かけて」
ずっと。
「たくさん、困らせて」
ずっと。
「ごめんな?」
ずっと、好きだった。
「…ううん」
彼女の目に涙が浮かんでいる。
それが怒りからか、悔しさからはわからなかったけれど、僕と別れる悲しみからならば、少しは救われるのにと思った。