『忘れ難き時間と知った歌と 後編』-5
なぜかはわからない。
夢の続きを見たいと思った。
恐怖の象徴でしかないあの夢の、終わりまでちゃんと見たいと思った。
雨の降り出した公園で僕は一人たたずむ。 吐き出した息は白く、お気に入りの靴は泥にまみれた。
雨の音がやたらと耳に残り、鼻をすする音が僕が生きてると思い出させた。
『好きだから』
頭の中が空っぽになる。
同時に頭の中が彼女でいっぱいになる。
色と音を持ち始めた世界で僕は彼女の一言を回想していた。
『待ってるから』
黒一色だった世界が急に、僕の事を認めた様な気がした。
雨の中叫ぶ猫の心には、たくさんの闇と、ほんの少しの光が生まれ始めていた。
僕は今日、人間になった。
家に着いた私は、とりあえず雨に濡れた体を暖める為にお風呂に入った。
お母さんが何も聞かないでいてくれたのがとてもありがたかった。
シャワーを浴びて湯船につかる。 楽しかった今日を湯気の中でなぞる。
私に友達ができた事、シンゴ君のボーリングの投げ方が面白かった事、千秋チャンが意外にするどかった事、…気がつけば藤原君が悲しい顔をしていた事を。
自然と涙がこぼれた。 こんなに悲しいの初めてだ。目の前の人を助けるのがこんなに難しいなんて。
とても悔しかった。
涙が止まらなかった。
僕は伝えなければならない。 君のおかげで僕が人間に戻れたのだから。 君が去った後に思えたんだ。僕は人並みの幸せを感じていいんだと。 僕は人から愛されている。
こんなに、こんなにも嬉しい事なんてない。
僕は生きていいんだ。
それを思い出させてくれたのは君だ。 僕を好きと言ってくれた君だ。
僕はそれに答えるべきだ。答えはすでに出ているけれど。
今までにこんなに僕を見てくれた人なんていないから。
僕は君を信じようと思う。 だから消えないでくれ… 夢で会うのはもう嫌だから…
「葵ぃー？ケータイ鳴ってるわよー？いつまでつかってるのー？」
遠くで母が呼んでいる。 出ようとは思うけど、涙でいっぱいになった浴槽が私の体を重くさせる。
誰だろう…電話なんて…
急いで上がって電話を見る。 ディスプレイには『夏木 千秋』の名が出ていた。
「プッ。 ………」
「…？ もしもし？私だけどわかる？」
はっきり言って、今は誰とも話したく無い。
「…うん」
「どうしたの？あの後なんかあった？？」
辛い空へ私は歩く。
「…うん」
「…大丈夫？」
「…大…丈夫…じゃないかも…」
「…話してみな？ 楽になるよ」
暖かい、優しい声だ。
また涙が出そうに鳴った。
私は千秋チャンと別れた後の出来事を、できるだけ細かく説明した…。
「千秋チャン…私…」