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壁に鍵穴
【コメディ その他小説】

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壁に鍵穴・後編-1

ちっ、また女の子か……

しかし、まさか、先程の様に下着姿では無いだろうから、一呼吸置いて「すいません、隣に引っ越してきた、澤田と申します」と勢いよく声を放つ。
すると、数秒の静けさの後、ゆっくりと開くドアの向こうから50代なかば位の「オバチャン」がヌッと現れた。
敢えて細かい描写を避け「オバチャン」と表現するのは、この女性の印象をマイナイスの方向へ導いてしまう事を懸念した事による。
毛玉だらけのスゥエット、ノーメイク、眉毛が無い、鳥の巣な様な頭、胸より大きな腹……
その全てを的確に述べるよりも、オバチャンと一言で表した方が、格段に親しみが湧くと思うのだ。
「あ、あの…… 澤田と申します」
先程の「はぁい」は、一体どんな黒魔術により発せられたものなのか非常に気になりながらも、僕は作戦の第一段階である「挨拶」を遂行する。
するとオバチャンは少し微笑みながら「原田です、よろしくね」と返した。
その笑顔に少しだけ安心した僕は「あの…… 突然で申し訳無いのですが」と意を決して本題を切り出してみた。


「だははっ! 壁に鍵? 鍵ねぇ!」
意を決して鍵の事を切り出した僕の目の前で、オバチャン…… つまり原田さんが豪快に笑っている。
まあ、「オバチャン」に品良く笑われても、それはそれで妙な感じがするから、豪快に笑うのは良しとしよう。
ただ笑っている理由が解らない以上、これほど不愉快な事は無い。
少々ムッとしながら「何かご存知で?」と伺う。
すると原田さんは笑うのを一旦止め、先ほどの微笑みに表情を戻しながら「知ってるけどさ、今は言えないねぇ」と目を細めた。
「何故です?気になってしょうがないんですよ、実際!」
「だったら鍵を差しこんで、回してみたら良いじゃないか」
更に笑顔、苛立つ僕。
「それすら解らなかったから、こうして僕は……」
ここまで言いかけて、僕は必要以上に熱くなっている自分に気が付いた。
そして、今立つ位置より一歩下がると「……すいません」と呟く。
「別に構わないよ。但しね、頼みがあるんだ」
「頼み…… ですか?」
「そう、あたしが鍵を回してみたらって言った事、誰にも言わないで欲しいのよ」
「えっ? ……あ、はい」


再び部屋に戻った僕は、部屋の鍵と一緒に付いていた小さな鍵を握り締めていた。
この鍵の正体を知っているであろう原田さんは、鍵を鍵穴へ差しこんで回してみれば良いと言っていた……
普通のオバチャンの言う事だ、これまで僕がボンヤリと考えていた、鍵を回すと起こるかもしれないヤバい出来事なんてのは間違いなく起きないだろう。
だとしたら躊躇う事は無い、鍵を鍵穴へ差しこんで正体を確かめればいい。

僕は、鍵を鍵穴へそっと近付けると、差しこんで右へグイッと回してみた……





が、何も起こらない……

いや! 玄関のドアの向こうが何か騒がしい。
先ほどの原田さんが何やら叫んでいて、その向こう側に微かに何か派手な音楽が流れている。

軍艦…… マーチ?
な、なんだっ?


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