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壁に鍵穴
【コメディ その他小説】

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壁に鍵穴・後編-2

慌てて玄関のドアに駆け寄り、それを開ける!
すると微かに流れていた筈の軍艦マーチは大音量に変わり、目の前には小踊りしながら「♪おお当たりぃ〜」と歌い叫ぶ原田さんの姿があった。
いや、それだけじゃない!
先ほどの下着娘、だが今は普通にシャツを纏ってる今井さんも居るし、初めて見る小肥りでメガネをかけたオジサン、そしてチョイ悪どころか相当悪そうな、作業着姿の背の高いオヤジも居る。

なんだ、これ?

困惑する俺に気が付いた「小肥りメガネ」が軽く挨拶をし、自分がこのアパートの管理人である事を名乗った。
そしてその直後に原田さんの紹介によって、僕は「悪そうなオヤジ」についてもその詳細を知る事になる。
「澤田君? この人はね、一階に住んでるアイカワさん」親指を立てながら「ちなみに、あたしのコレ!」
どうやら「グッジョブ」とかの意味合いでは無いらしい、というよりそのオヤジの下の名前が「翔」ではない事を祈るばかりだ。

突然、軍艦マーチを聞かされ、訳もわからず自己紹介をされた僕は、そのままの状態で管理人さんの部屋へと招待された。
招き入れられたその部屋の中には、少し大きめのちゃぶ台が置いてあって、その中央にはカセットコンロと土鍋が置いてあるのが見える。
管理人さんは全員が部屋の中へ入った事を見届けると「では、私は支度がありますので」と告げて台所に消えた。
悪そうなオヤジ、もといアイカワさんは無言、表情をピクリとも変えずにちゃぶ台の傍に腰を降ろす。
他の二人も腰を降ろしたので、俺もなんとなく場の流れで座ってみた。
と、正面に座った原田さんと目が合う。
「澤田君、ここのみんなはね? こうやってよく集まって鍋を囲んだりするのよ?」
「え? はぁ……」
それしか答え様が無い。
すると、次の言葉に困る僕の代わりに、今度は今井さんが言葉を投げた。
「でもさ? 原田さん、良く当てたよね? 今日軍艦マーチが流れるって!」
「ふふん、この歳まで生きてるとね? 女の勘にも磨きがかかるってもんよ」
今日? 当てた?
「ちょっとすいません、その『当てた』とかって、一体…… 」
言いかけた所で、管理人さんが台所から戻って来た。
手には鍋の具と思われる沢山の食材が盛られた大皿を持っていて、その表情は何処か誇らしげに見える。
そして、座りながらその皿を置くと同時に、こちらを向いて緩やかに語り始めた。
「いやぁ、すいません。
あの鍵穴はね、この宴の為のちょっとした余興だったんですよ。あなたを迎える、この宴の為の、ね」
「僕を…… ですか?」
「そうですよ? 何か困る事でも?」
そう切り返されても困る。
ただ作り笑いを浮かべて黙る僕に、管理人さんは更に続けた。
「今はね、隣の部屋で誰かが死んでいても、腐って異臭を放ち始めるまで誰も気が付かない様な時代なんです。切ないとおもいませんか?」
正論だが、表現がエグすぎる。
「私はね、いつも住人同士が和気あいあいと仲良く過ごせるアパート造りを夢見てきました。しかし夢は見るものじゃない、叶えるものなんですっ!」
いや、あの…… もっともだが、全てが突然過ぎてかなり困る。
そんな僕を見かねてか、今井さんが「まあまあ、そこらへんにして、お鍋を食べましょうよ」と笑いながらコンロのスイッチを入れた。
二回目のオタスケ、今井さん、かたじけない。

やがてコンロの青い炎が揺れはじめると、管理人さんの理想の「アパート論」は部屋に居る住人達の雑談や笑い声へと変わっていった。

僕はボンヤリとコンロの青い炎を眺めながら、とりあえずこれまでの流れから、なんとなく色々と理解する。


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