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壁に鍵穴
【コメディ その他小説】

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壁に鍵穴・前編-1

部屋の中には僕、そして僕の目の前には、真っ白な壁。
またそして、その壁の中程……
つまり、床面からも天井からも、はたまた右端からも左端から見ても中間の位置には、何故か……

鍵穴がある。

この鍵穴を発見したのはつい先程、僕がこの部屋に住み始めた数分後の事だ。



ちょっとした思い付きで決めた引っ越し……
別に、失恋をした訳でもなければ、隣人と一悶着起こした訳でもない。
生憎、僕は生まれてから23年間、女性とそこまで深い関係になる機会に恵まれる事が無かったし、隣人とのちょっとしたコミュニケーションは面倒なので持つ事をしなかった。
だから、仮に誰かに引っ越した理由を問われたとしても「気まぐれ」とか「思い付き」としか答えようがない。

ボストンバックひとつと、小さなトラック1台分の荷物の引っ越しはあっけないもので、正午の時報を待たずにその全ては終わってしまった。
夏も間近なこの季節だから、陽が高くなる前に終えることが出来たのは幸いと感じるものの、これならば午後からでも仕事に行けば良かった…… と少しだけ後悔してみる。
しかし、休暇をとってしまった手前、今更どうにもならないので、僕は既に片付け終わった部屋の中を少しづつ掃除する事にした。

お湯が沸かせる程度の台所、綺麗だがピンク色の便器がイマイチ気に入らないトイレ、そしてリビングのフローリング……
賃貸情報の備考欄にあった、リフォーム済みの記載に詐りは無く、その全てが真新しく手直しされていたが、やはり掃除は必要な様で、手元で滑らせる白い雑巾は、みるみるうちに灰色にその姿を変えていった。
僕はそれに、少しばかりの充足感を得ながらも、この後はどうしようかと再び考える。
そして、体を起こしながら部屋を見回す…… とその時、隣の部屋とこちらの部屋を区切る壁の真ん中に貼られていたカレンダーが、少々おかしい事に気が付いた。

前にこの部屋に住んでいた人間が置いて行ったであろうカレンダー、折角だからそのまま使ってやろうと考えていたものの、よく見るとそのタイトルは間違いなく去年のものだ。

「やれやれ……」

思わず呟きながら、カレンダーを貼り止めてあるピンを引き抜く。
すると、カレンダーを外したその下から更に「おかしなもの」が姿を見せた。

「なんだ…… これ」

先ほどに引き続き、思わず呟いた僕の視線の先にあるのは鍵穴。
そう、文字通り、紛れもなく「鍵の穴」だ。

ドアがある訳でも、何か仕掛けが有りそうな様子も無い、只の壁に只の鍵穴。

鍵、ねぇ……

僕はそれが存在する理由を理解しないまま、同時にある事を頭の片隅で思い出していた。
この部屋へ入る為に不動産屋から受け取った玄関の鍵、それとともに何やら小さな別の鍵が付いていた事。
受け取った時は何の鍵だか見当がつかなかったが、今なら解る。
あの小さな鍵は、おそらく壁の鍵穴の為のものだ。
だとしたらなおさら、この鍵と鍵穴が持つ意味が知りたい。
たかが直径3センチにも満たない鍵穴、気にしなければ気にしないで何も生活に差し支える事は無いし、もしくはソレがあったところで何か得をする事もない。
だが、どう理由を付けてみたところで、気になる事は否めないのだ。


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