隣人は雨の香り-7
「はい。鍵屋呼ぶならどうぞ。でも本当に高いよ?もう夜も遅いし」
両手で電話帳と電話を受け取り頭を軽く下げる。でも内心私は鍵どころじゃなかった。
分厚い電話帳を立ったままめくる。
上手くめくれず、手が震える。
手が震えるのは電話帳が重いから?それとも雨水目の前にいるから?
普段使わない電話帳に苦戦していると頭上からクスクスと笑い声がした。見上げると雨水さんが口元に手を当てて笑ってる。
急に恥ずかしくなって慌てて俯き、完全に私の手が止まった。
「ごめん、ごめん」
雨水さんは私の手から電話帳を取り上げるとパラパラとめくる。
「すいません」
蚊の鳴くような声で呟き、雨水さんが紙をめくる音以外何も音がしない。
「あ、あった」
雨水さんが逆さにして差し出し、番号を指差してくれる。綺麗な長い指。
借りた電話を手に番号を押そうとすると、雨水さんは少し屈んで私を見た。
顔が急に近くなって思わずのけぞる。
「ね、ベランダから見てみたら?ちゃんと手伝うしさ」
雨水さんは心配そうに見つめてる。
「どうして?」
思わず言葉が漏れる。電話から小さく電子音がしてる。
「鍵屋さん、呼んじゃだめ……ですか?」
雨水さんは困った顔をしてからパタンと電話帳を閉じた。
「別に良いんだけどね、どちらでも。でも君みたいな若い子が夜中に引っ越し早々鍵屋を呼ぶのも……恥ずかしいかなっと思って」
「あっ……」
確かに、言われてみればそうかも知れなくて、電話の通話を切るボタンを押した。
「そう……ですよね」
雨水さんが私の手から電話も抜き取る。
「時間も時間だしな」
ほら、と見せてくれた雨水さんの携帯電話の画面の時計は23時少し前を指している。
「本当だ」
「だから、おいで」
雨水さんが手招きをする。仕方無く、靴を脱いで手に持ち雨水さんの部屋へ上がる。
「お邪魔します」
部屋中に雨水さんの匂いが充満してる。余所のお家の匂い。まっすぐ歩いてリビングに入る。モノトーンで統一された部屋は片付いていて、照明が暗くなっていた。
「待ってな、今、窓開けるからさ」
テーブルに電話帳と電話を起き、カーテンが閉まった窓へ近づく。シャッと音がし、夜景が窓越しに広がった。
雨水さんが窓を開けると冷たい空気が入ってくる。
外に裸足で雨水さんが先に出た。