隣人は雨の香り-6
「ごめんね、待たせて。で、どうした?」
声、そういえば聞いた事がある気がしてまた俯いていた顔をゆっくりあげる。
お隣さんの髪はまだ濡れていて雫が毛先からぽたりと私の顔の動きと反比例して落ちた。
私はお隣さんの顔をやっと見て、瞬きを繰り返す。
「やっと顔上げたね。改めてよろしくね」
その顔を私は知っていた。人一倍綺麗な顔立ち、綺麗な肌。
ふわりと彼が動くときっとみんなが直接嗅ぎたいって思う香水と彼の香りが混じった匂いが鼻の奥をくすぐった。
「あ、あっ、えっ、え?」
思考が止まる。彼は笑みを浮かべたまま私だけを見つめてる。
「も、もしかしてっ」
近所の人には申し訳ないけれどつい興奮して声が大きくなった。だがその後を続けようとしたが彼の手が私の口を塞いだ。
彼の手が私に触れてる。
そう気付いただけで顔が熱くなった。
そう、目の前にいるお隣さんは、知らない人が居ないくらい有名な人で、私はその人のファンなのだ。
そっと彼の手が私の口から離れていく。
「小さな声でね」
彼が声を潜めて言う。私は何度も頷くと改めて口を開いた。
「……う、う、う、うっ、雨水さんですよね?」
彼は小さく頷いた。
「そう。この階の人くらいしかちゃんと言ってないから一応内緒ね。で、どうした?」
夢の国にいるように、怪しげな薬を飲んだように、私はぼーっとして雨水さんの顔を見ていた。けれど、はっと気付いて、状況をしどろもどろに説明する。
すると雨水さんは吹き出して笑い出す。ひとしきり笑うと私を見て笑いそうになるのをこらえるように言う。
「鍵屋呼ぶとお金掛かるからさ、家のベランダから行けば?」
どうぞ、と雨水さんはドアを開けてくれる。中は同じ間取りなのに、なんか違う家みたいにオシャレだった。
「えっ、でもっ……」
私が迷っていると背後から雨水さんの手が私を押した。無理矢理中に入らされると雨水さんがドアを閉める。
「どっちにしろとりあえず玄関先は止めておこう?俺は湯冷めしちゃうし、君も風邪引くよ。顔すごい冷えてた」
雨水さんはそう言って私の脇をすり抜けて靴を脱ぎ、部屋に上がる。そのままリビングに行き電話帳とコードレス電話を持って帰ってきた。