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『孤独と恋について』
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『孤独と恋について』-4

開き直ってしまうと、夜な夜な、胸を突き上げるような圧迫するような、そんな狂暴な甘さを、僕は楽しめるようになった。今までは良心に背きながらミカを思ってする行為に耽っていたのに、その行為を今は肯定できた。
しばらくそれが続いたある日、彼女は僕を家にピアノを聴きに招待した。その日は休日だったが、彼女の両親と一人ずついる弟と妹は留守にするらしかった。僕はチャンスが巡って来たと思い、その夜から、頭のなかで、当日、自分がするべきことの予行演習を始めた。大丈夫かな、うまく行くかな、と不安に思うこともあったが、ミカはきっと《それ》を待っているんだと自分を激励した。すでに、今の僕にとっては、僕のミカへの愛の深さは大きな問題ではなく、大事なのはただキスの経験が欲しいということだった。
ミカの家に招待される予定日の前日、僕はタケと話す機会があったので、参考資料を入手することにした。
「タケは彼女とキスしたことあるか?」
僕が尋ねると、タケは、にやっと笑い、見透かすように僕をみつめた。
「そうか、とうとうミカとキスの予感があるわけだな?」
僕は、うん、と言って一つ頷いた。
「ああ、あるよ。最近はデート中とかデートの帰りには、絶対しないと気がすまないくらいだな。お前とミカが付き合いだして…一月半くらいか?まぁ俺もそれぐらいだったな。ファーストキッスは。」
僕はへぇと言って、タケにしてみたい色々な質問を頭に浮かべた。
「まぁ頑張れよ。おっと、初めてなんだから、舌はまだ入れるなよ。彼女、引いちゃうから。」
「わかってるよ」
と僕は言った。
「まぁ、さ。俺で参考になることが話せれば、何なりと訊いてくれ。」
この申し出は、渡りに舟だった。
「じゃ、遠慮なく訊くけど、場所はどこで?」
「彼女の家。両親が留守だから遊びに来いって誘われてな。」
僕は内心、妙に安心した。ひょっとしたら、ポピュラーなシチュエーションなのかも知れないと思った。
「よっぽどその場で頂いちまおうと思ったよ」
タケは、はははと笑った。僕は質問を続けた。
「じゃ、さ。どのくらいの間、唇ってくっつけてりゃいいんだ?」
「そんなもん、人によるんじゃないか?」
それもそうだ、と僕は思った。タケは言う。
「まぁ、あんましテクニックがどうとか、考えなくていいと思うぜ。お前は未経験のくせに詳しそうだけどな。多分、ミカだって未経験だろ。お前の気持ちが伝わるように、心を込めて接すれば、きっと上手くいくよ。」
…不意に、心がざわめいた。
(お前の気持ちが伝わるように──)タケの言葉を聞いた直後、ひとすじの影が僕の心に射して、なんだか、ひやりとした気がした。僕は、あることをタケに質問したくなった。だけど、それは出来なかった。タケは鋭いから、下手なことを言えば、僕の考えていること、僕のミカへの軽薄な気持ち、それが全部知られてしまうような気がして怖かった。
(タケは彼女のこと、好きか?)
きっとタケは、僕よりも誠実だろう。答えはイエスに決まってる。タケは僕を誠実な奴だと思ってくれているのに…。そんな風に考え出すと、押さえ込んだ良心が再び芽を出し始めた。タケが前に言った言葉を思い出した。
(お前の中身を知れば、ミカも惚れ直すぜ。)
暗い気持ちになった。それが顔に出たらしい。タケが明るい声で言った。
「まあ、そう緊張するなよ。なるようになるって」
「ああ、」
僕は一応の返事をした「そうだな」 と。
タケに相談をした日の夜、やはり僕はいつものようにミカのことを考え、頭の中でミカを好きなようにした。それが終わった後、以前感じたのよりもひどい罪悪感に見舞われた。ところが、それはミカへの欲望の妨げにはならず、ただ、他の感情から独立した不快な思いになるに過ぎなかった。そして、僕は自分が頼もしく思えてくると同時に、汚い奴にも思えてきた。今日学校で話したミカは、明日のことをすごく楽しみにしてくれ、この間からピアノの練習を僕のためにしてくれているのだと言った。とても明るくて、笑った顔なんて最高に可愛かった。僕は、ひょっとしたら、すでに彼女を愛し始めているのかも知れないと思った。しかし、自分に嘘をついていないと言う確信は持てなかった。自分は、彼女を欲望の対象としてみており、心に確かにあると思われる愛情さえ、正当化のために作り出した幻想ではないか?‥わからなかった。
僕は自分の心を疑わなければならなかった。公平な目で見てミカはいい子だし、可愛い。僕を好きでいてくれるし、僕も彼女が好きだ。でも、欲望抜きで彼女への愛を語ることは僕にはできない気がした。それに気付いた時、真の恋愛を求めてやまない孤独さの片鱗を、僕は知った。



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