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『孤独と恋について』
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『孤独と恋について』-1

僕が人生の中で初めて《孤独》と言うものを知ったのは、多分、物心ついてから数ヵ月か、1年以内のことだったと思う。おそらく、僕の中では一番古い思い出だ。
僕はよく昔の思い出を記憶の映写機にかけてみるのだけど、いつでもフィルムの冒頭は、さみしくて泣きべそをかいている僕の姿なのだ。
まだ幼かったその日は多分、昼食を食べたあと、おもちゃ箱の前に座って怪獣でも戦わせていたのだろうか。台所からは母親が水仕事をする音が聞こえていた。僕はおもちゃを次々と箱から取り出しては散らかし、空想の中で味方や敵をつくって遊びに興じていた。そして味方の戦闘機が圧倒的な強さで敵を滅ぼしたころ、僕はまるで、いつもの決まりのように眠くなってしまい、柔らかなカーペットに身を横たえたのだった。
そして昼寝から起きると、いつの間にか僕の体にはタオルケットがかけられていた。これもいつも通りで、母親が掛けてくれたものだった。僕はそれが嬉しくて、母親にタオルケットのお礼を言おうと彼女を探すことにした。母は大抵、家にいることが多かったし、出かける時はきちんと僕に行き先を告げることを忘れなかったから、その時も家にいるものだと思っていた。
しかし、その時、彼女は出かけており、呼んでも返事は帰って来なかった。両親の寝室やトイレなども探してみたけれど、姿は見当たらなかった。異例のことだった。母を探して家中を駆け回るうちに、僕は段々と焦りを覚えてきた。幼かった自分の周りにはいつでも必ずいた人が、今はいないのだ。今までにない事態に僕は、何か、とんでもなく悪いことが起きたに違いないと確信し、途方にくれ、絶望的な気持ちになって、とうとう泣きだしてしまった。泣くより他に何の手段も持たない子供だったから、精いっぱい泣いた。そうやって、とても長い時間泣いていた気がする。大きな泣き声を聞けば、母が心配して駆け付けてくれるに違いないと思って、声をあげ続けたけど、彼女は来なかった。ようやく彼女が帰って来たのは、不幸にも僕が泣き疲れて再び寝てしまったのちで、このあと僕は、自分がどれほど心細かったかを母に語って聞かさねばならなかった。
それが孤独を初めて知った日だった。その後から今までも、普段いるはずの人間がいないことへの寂しさを味わう機会はたくさんあったが、思春期を迎えるころには、それとは違った孤独を知るようになった。すなわち、リースマンの言う「孤独な群衆」の意味を知るようになったのだ。もちろん、当時、そんな言葉を知るはずもなかったが…。
学校の連中は、まるで誰かれ構わず友達になりたがっているようで、親友など欲していないように見えた。連日、教師をからかい、下らない漫画やテレビの話をしたりで、「今が面白ければいい」と言わんばかりに全てを笑い飛ばす毎日だった。誰も自分のことや、まして他人のことなんて考えないし、年中おしゃべりばかりしていて前を向いて歩くことさえ出来ない人間ばかりだった。かくゆう僕も、そんな連中の中の一人だったのだけど、すぐにその下らなさに気付いた。そして、気付いた瞬間にわかってしまったのだ。自分には友達こそ多い方だが、それでは依然として孤独なままなのだ、と。僕は、下らなくない関係を誰かと築きたかった。そう言うと、何だか大層な関係に思えるが、そんな立派なものでなくてよいから、何かを真剣に語り合えるような友達が欲しかったのだ。ただし、当時の僕の周りの様子から言えば、それは壮大な夢だった。
また、僕はその当時、異性──つまりは女性だが──に興味を持っていた。僕は性には早熟な方で、周りのみんながまだコウノトリやキャベツ畑(中には、ロボット工場で生産されたと教わっていた奴もいたが)を信じていた頃から、子供がどんな風に出来るのかを既に知っていたし、男女の睦み合いに関する色々な話を知っていた。何だか背徳的で汚らわしいようでもあって、しかし強烈な甘美さを持つその世界に、人よりも早く興味を持ったのは避けられないことだった。
そんな興味も手伝って、恋人が出来ればいいなと、けっこう強く願っていた。勿論、恋人が出来たら、今まで誰にも話したことのないような僕の話をしようと思っていた。
学校の同じクラスの女の子は、その対象にはなりにくかった。男連中は同じクラスの女の子を好きになる傾向が強いようだったが、僕は表向き彼らと仲良くしていたけれど内心は少し馬鹿にしていたから、彼らが好きになるような女の子というだけで大方の興味を失っていた。
一方で僕の関心を引いたのは、年上の女性だった。思春期の到来を迎えていたとは言え、まだまだ幼かったあの頃は、年がひとつふたつ違うと、ぐっと大人に見えたものだった。中学校に入学すると、僕はテニス部に入った。もともと体が大きくてスポーツが出来たし、テニスという競技に魅力を感じていたというのが表の理由だったが、女子の先輩とお近づきになれるチャンスを得るために、その機会が多そうなテニスを選んだと言う裏の理由もあった。


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