続・二人の恋愛論-1
取り柄の無い子なんていないと思う。
例えば、私の場合。
2,0もある視力とか、些細な物音も聞き逃さない聴力とか。
でもね、神様。
どうせなら、そんなものよりも、恭介くんと同じ学校に入れる学力が欲しかったよ。
「泣きそ…」
私は今、恭介くんの通う学校の前で、かれこれ一時間ほど待ちぼうけている。
彼には知らせずに現れて驚かせるつもりだったけれど、こんなことならば電話を入れておけばよかった。
すれ違う生徒たちはみんな見るからに賢そうで、私は明らかに場違い。
半分以下の偏差値を示す制服に突き刺さる、冷たい視線。
こういう扱いには慣れているけれど、さすがにへこんできた。
「笠本さん?」
一週間ぶりの愛しい声。
満面の笑みで振り返ると、恭介くんは数人の友達に囲まれて立っていた。
「何やってるの?」
「あ…えっと…」
バカだ、私。
私なんかが彼女だってバレたら、恭介くんに迷惑かけるに決まってるのに。
友達たちの私を見る目に、思わず顔を伏せる。
「笠本さん?どうし…」
「ゴメン、帰る!」
恭介くんの手を払いのけ、その場から猛スピードで立ち去る。
どうしようもなく恥ずかしくて、ひたすら走り続けた。
もう、嫌だ。
私だって、私の頭なりにいろいろ考えた。
本当はもっとメールしたいし、会いたいし、抱き合いたいけれど、恭介くんの邪魔になっちゃいけないと思ってできるだけ我慢してる。
絶対に無理なのはわかっているけれど、大学こそは同じところに通いたくて毎日勉強してる。
でも、どんなに頑張っても恭介くんは遠くなってゆくだけ。
「こらっ」
肩を掴まれ、振り返る。
そこには、呼吸を乱し、汗を流す恭介くんがいた。
「運動はあんまり得意じゃないの、知ってるでしょ?」
顔を歪めてそう言い、彼はその場に座り込む。
…なんで、そんなに優しいの?
なんで、どんどん好きにさせちゃうの?
なんで…なんで、そばにいてくれないの?
「もう、別れたい…」
「…どうして?」
「だって…すごい不安なんだも…会えないのも…寂し…うっ」
ついに堪え切れなくなり、涙が溢れてしまった。
ぼやける視界の中で、恭介くんの立ち上がったのがわかった。
「卑怯だよ」
恭介くんの大きな手が、私の頬に触れる。
「俺だって、不安なんだ。笠本さん、警戒心ないし。俺の知らない所で、変な男にちょっかいかけられたりしてないかとか」
拭う指はとても温かくて、涙は余計にとまらなくなってしまう。
「君が思ってるよりずっと、俺は君が好きだよ」
「きょうっ…すけく…ううっ…ひっ…」
「さっきだって、手を払われたときはショックで死ぬかと…今も『別れたい』だなんて…」
「ごめっ…ごめんなさっ…」
恭介くんの腕が、私を包んだ。
どうして、気付かなかったのだろう。
恭介くんは、こんなに近くにいてくれているのに。
「ごめんなさっ…すきぃっ…わたしもすきっ…」
「わかった、わかった。許すから、泣き止んでよ。そんなに涙…あ、『涙箸』って知ってる?箸の先から汁をしたたらせることを言うんだけど、あれは…」
抱き合いながら、恭介くんお得意のウンチクが始められてしまった。
彼の不器用な優しさに、心が軽くなってゆく。
やがて涙はとまり、名残惜しく思いながら体を離した。
「さぁ、行こうか」
「え?どこに?」
「学校。友達、待たせてるんだ。笠本さんのこと、紹介したいから」
「でも…」
「いいよね?」
恭介くんは私の手をとり、穏やかに微笑む。
大丈夫。
学校が違うくらいで、私たちは壊れたりしない。
「…うんっ!」
そう言って、私は彼の手を握り返した。