保健室の小さな約束-4
アンカーの悠の手にバトンが渡った時、悠のクラスは2位。
悠が風を切るように駆ける。
わ…速い。
。
なんていうか、コンパスの長さが違うわ…。
歓声をあげていた応援席も固唾を飲んで見守る。
前を走る生徒との間がみるみる狭くなっていく。
そしてついに、前の走者を抜き去ってゴールした。
一位になった悠達五人に降り注ぐ、惜しみない拍手と称賛の嵐。
悠が手を挙げると、悠のクラスから大歓声をあがった。
悠のゴールを見据えた真剣な眼差しに、心臓が締め付けられたまま、体が金縛りにあった様に動かなかった。息が出来ない位にときめくなんて、久しぶりだ。
鼓動が速いのを静める様に胸に手をあてながら…、
あぁ、惚れるってこういう事を言うんだっけ…なんて考えていた。
体育祭は大きな怪我人もなく盛況の内に終わり、私は保健室に戻った。
ジャージを脱いで、私服に着替える。
カタン…。
後ろの物音に気付くと、制服に着替えた悠が立っていた。
「悠…黙って立ってるなんて、趣味悪いわよ。怖いじゃない…」
言いながら、悠の雰囲気がいつもと違う事に気付く。
いつものヘラッとした感じではなく…、なんかムッとしている様な。
私、何かしたかしら…。なんで来るなり怒ってるのよ。
私が黙っていると、悠が先に口を開いた。
「何、話してたの?」
「え…?」
「沢田と。何話してた?」
数学の沢田先生の事?記憶を探る。ああ、障害物借り物競争の後…。
「えーと、大丈夫ですか、って聞かれたから返事して…。たいした事は話してないから忘れてたけど…」
「…それだけ?」
「うん」
「…ホントに?」
「嘘ついてどうするのよ、こんなこと…」
「…良かった」
悠がほっ…と安堵した様に溜め息をついた。
もしや、これは…
「…ヤキモチ?」
一気に悠の顔が赤く染まる。
「楽しそうに見えたんだよ、年上がいいのかな…とか、思って」
私がポカーンと見てると、
「悪かったな!」
と言ってくるっと私に背を向けてしまった。
「…ぷっ」
笑いが吹き出る。
後ろから見ると、耳まで真っ赤に見える。
「沢田先生は妻子持ちよ?それに…悠は、他の女の子と話してるじゃない」
少し嫌味を込めて言う。
「だから…、みんな切ったし。オレは奏子だけでいいから」
え……。
保健委員の子達が言ってたのはこのこと…?
「オレ…、こんなに独占欲が強いなんて知らなかった…。あーカッコワリィ…」
後ろを向いたままうつ向く悠の背中に、腕を回して頬をよせる。
「カッコ良かったわよ。今日の悠」
「わっ、オレ汗臭いから!」
私の腕をほどこうとしたのを、腕に力を込めてそれを阻止した。
汗臭いなんて全然気にならない。寧ろ、ずっとこうしていたい気分。
悠の新しい一面。