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君が望むもの
【ボーイズ 恋愛小説】

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君が望むもの-2

「高井」
停車したバスに乗り込む列に呼びかけた。
「今日補習出ないと夏休みなしだって」
「どうでもいい」
腕を引っ張ると高井の体は列から飛び出した。
「行くなよ」
木原の手を振り払うその顔は悪びれた様子もなく笑っていた。高井の意識はすでにここにはない。
「判ってるだろ。早く会いたいんだ」
最後尾がバスに乗り込むのを見て慌てて昇降口に吸い込まれる後ろ姿を見送った。何をしても、その目には映らない。
振り払われた手を眺め、初めて感じたこの想いが絶望だと知った。



缶コーヒーを高井の前へ差し出す。
「ありがとう」
受け取る高井の指がかすかに触れ、それだけで胸がふるえ体が熱くなる。
もっと触れていたいのに、跳ねる心臓に気づかれたくなくて手を引っ込めた。



再び高井の姿を見たのは、夏休みももう終わる校舎だった。
バスケ部の練習に出ていた工藤と、廊下で話している脇を無言で通り過ぎようとした背中に声をかけた。
「やっと来たんだ。補習?」
振り返る高井にもう笑顔はなかった。
「うん」
目を伏せまた歩いていく高井の後ろ姿を見ながら工藤が口を開く。
「変わったねあいつ。前はよく一緒につるんだのに」
 休憩終了のコーチの声が響き、体育館に向かい練習を再開する工藤とは逆に、高井を探し教室のドアを開けた。
いつもの席にひとり座り目をあげ木原を確認すると、また机に視線を落とす。
「協力するよ」
前のイスに座り机の上に散らばるプリントを見ると、そのどれにも手をつけていなかった。補習は授業をさぼった罰であって、高井ができないわけじゃない。
「全然やってないじゃな‥」
シャープをにぎる手が小刻みに震えている。
「高井?」
うつむく顔をのぞき込むとより痩せた顔がそこにあった。
「別れたんだ」
憔悴した高井からその言葉を聞きたいとどこかで期待していた事に気づき、そんな自分に腹がたった。
「‥そう」
ようやく上げたその顔は倒れてしまいそうな程青白く、少しあいてる唇の奥は対照的に赤く熟れていた。
「木原、俺」
言い掛けながら、机の上においていた腕に高井の冷たい指が触れてきた。
まるでそこが鼓動しているような感覚に体が熱くなり、あわてて腕を引き戻した。
高井の言葉の続きは二度と聞けなかった。
聞くのが怖かった。



「親父どうしてた」
眠そうな目で前方を見据えたままの高井を振り返った。
「三回忌の準備全部ひとりでやってたけど、電話もしてなかったのか」
「話す事もないし」
高井の母親は高校3年のとき急死した。すでに家をでて連絡すらつかなかった高井が家に戻ったのは一週間も経ってからだった。
キッチンドランカーで快活で大口を開けて笑ってる姿に、以前の高井はよく似ていたし事実仲のいい親子だった。
息子が家を出て行ってから寂しそうな顔をよく目にしたが、本来の明るい性格は消えなかった。
母親に高井が帰ったことを聞き、走って斜め向かいの玄関を開け目に入ったのは靴を履く高井だった。背中に父親の罵声を受けながら、木原に目もくれず再び出ていくその目に涙を見た。
それ以来、父親と話すことも家に帰ることもなかったことなど簡単に察しがつく。
「親父さんはもう怒ってないよ。ただ帰ってきてほしいだけだ」
「俺が怒ってるんだ」
「殴られたから?」
高井は小さく首をふった。
「お前を殴ったから」
あるはずのない奥歯が鈍く痛んだ。


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