君が望むもの-3
体育館の入口で工藤が部活に出ていない事を聞いた。
不本意ながら任命された委員会がある日は、約束したわけではないがいつも体育館に寄って共に帰っていたのに、工藤はここ最近よく部活をさぼっていると言う。
体育館と校舎を結ぶ渡り廊下を通って高井が補修をしている教室へ向かった。
好きな人ができた、とグラウンドの向こう側に想いを馳せていた頃と違って、今の高井は靴さきばかり見ている。
その失恋がどんなに苦しめているのか判り得ないのは、多分俺がそれを知らないからだろう。ただ、側にいてそれで少しは楽になれるならと教室のドアを開いた。
開け放った窓から入り込む、なま暖かい風が髪を揺らし廊下へと流れ、目の前の光景が何を意味しているのか飲み込めず言葉も出なかった。
イスに座る高井の顔に覆い被さる工藤。その首に腕を回したまま硬直した高井から跳ねるように体を離し、工藤は困り果て頭を掻いた。
「どうして‥」
やっと口にした言葉の後に何を言いたかったのか。
どうして工藤?
どうして俺じゃないんだ?
そう思った自分に戸惑った。ただ側に居たいのではなく、工藤のように触れたかったのか?そんなはずない。友達だから、誰よりもずっと一緒だったから助けたいと思った。それだけだ。
「部活も出ないで何やってんだよ」
うつむく高井を横目に工藤に向かった。机の間を進む度、二人の間に充満していた俺の知らない匂いを感じ目を背けたくなる。
それを無視する事が最善なんだと思った。
大きな音をたてイスから立ち上がった高井は、呼び止める木原の手をかわし足早に教室を出ていった。
廊下を走っていく音が教室に響き、小さくなっていくと同時に抑えきれない苛立ちが口をついて出る。
「ふざけんなっ!何してんだよ工藤!」
白いシャツの襟元を掴み上げると、工藤は両手を上げた。
「ちょっと待て。あいつが誘ってきたんだ」
力が弱まった事を知り俺の手を払い工藤は続けた。
「それに高井にとっては、大したことじゃないだろ」
「お前、何言ってんだ」
再び詰め寄ると工藤は木原の手に掴まらないよう、後ろへ下がりながら言った。
「マジだって。先輩も先生も相手にしてる」
信じたくない気持ちと、そんな無茶をする程参っているのに頼ってくれない苛立ちが入り交じり、耳元で心音が聞こえた。
「だったら尚更、なんでお前までそんな事するんだよ。友達だろ」
木原の言葉に工藤は少し笑った。
「友達なんて言ってもすげー嘘くさい。俺もやりたいって聞こえるぞ」
工藤の両肩を力任せに押すと机にあたりバランスを崩して窓に背をぶつけた。教室を出る背中に冗談だよ、とフォローする声が追ってきたが振り返らなかった。
悔しかった。
離れる高井の腕を掴んでも戻って来なかったのに、きっと工藤は簡単に抱きしめる事ができたのだろう。
どんなに側にいても、その相手は俺じゃない。
高井の悪行は担任から母親へ、そして父親の知るところとなり、息子を殴るその太い腕は止めに入った木原にも向かった。
激しい衝撃で口の中に血が広がっても、父親の怒りと深い悲しみに抵抗はしなかった。
誰より、絶望し自分を責めていたのは俺自身だったから。