微笑みは月達を蝕みながら―第弐章―-4
来客なんて珍しい、などと呑気なことを思いつつ、レンは玄関を開けた。強盗の類はレンは気にする必要がないので誰でもすぐに鍵を開けている。
「あら」
さらに珍しい、とさらに呑気なことを考えた。
「いらっしゃい」
歓迎の意味を籠めて、レンが出来る最上級の笑顔を来客に向けた。が、しかし。
「…………」
レンの笑みに一切反応しない稀有な男がここにいた。何か思うところはあるのかもしれないが、それを表に一切出さない、完璧なる無表情の形成。顔立ちが整っているだけに、余計に能面のイメージが強い。ピシッとブルーグレーのスーツを着こなしており、隙を感じさせなかった。
「さあ、上がって。お茶ぐらいなら出すわ」
反応が返ってこなかったこともさほどレンは気にせず、リビングへ向かおうとして――
「あら? 白」
男の後ろに少女の影を認めた。
レンに呼ばれて白は前に出てくる。もうこれ以上なく疲れきってます何やらせるんですかと眼で全てを表現して。
「どうしたの?」
「……嫌がらせですか?」
「? どういうこと」
「わかってないんですか……」
首を振ってこめかみを押さえる仕草を見て、白が今言葉を選んでる最中だというのはわかるが、嫌がらせですかの意味がわからず、レンも考える。一体私は何をしたかしら?
「とりあえず……上がってください。誰かは知りませんけど」
レンの笑顔には反応しなかったくせに、白の言葉には素直に加藤正樹<かとうまさき>は頷くと、素直に玄関に上がった。レンは気にしていない。正樹が自分を苦手としているのは知っている。
正樹は何度かこの家に来た事があるので、足取りもスムーズに進む。白も後ろから付いてきているのが気配でわかった。何も話さないのも失礼かしら、と思い正樹に話しかける。
「今日はどうしたの?」
「迎えに」
「夕君を?」
「そう、だ」
「どういう関係?」
「……訊くな」
「わかったわ」
「…………」
「何か?」
「余裕、だな。人の心が読めると」
「読む、というのとはまた違うのだけれど…でも出来るだけ使わないようにはしてるから」
レンには『察知』という能力がある。これは『“異質”を察知する力』という定義づけがなされており、レンにとって“心”は“異質”に当たるため、『察知』をすることで心を知る事が出来る。『催眠』と併せた応用を行うと、特に精神を持った相手ならば、人間に限らずかなりの反則技が可能なのだ。しかし、だからこそレン は『察知』を非常時以外には使わない。
「ゲームで相手の手札を盗み見ても面白くないでしょう?……安心して、プライバシーは守るわ」
「…………」
普段から(特にレンに対しては)必要最小限の言葉すら言わないので、無視をされてもレンは気にならない。それ以上に気になっているのは、
「白、どうしたの? さっきから黙ってるけど」
「…………あ」
少し言い淀んでいたが、結局口を開いた。
「この方、レンさんとどういう関係ですか?」
「…え?」
キョトン、とする。少し記憶を探ってみた――ああそういえば正樹に限らず『研究所』関係者が家に来るときは部屋に移動させて会わせないようにしていたんだった。忘れてた。まあいいか。
「『研究所』の人間よ。ほら、パパの息子さん」
「え、……ああ!!」
レンの言葉にいきなり焦りながら姿勢を正す白。バネでも入っているかのようにピョンと飛び上がった。
「いつもレンさんがお世話になってます! 多分、すごく苦労していると思いますから、謝ります」
フッと頬を緩め、「気にしていない」の一言が返ってきた。不当な差別だ。
「夕君はこの部屋にいるわ。どうぞ」
そんな内心はおくびにも出さず、リビングに招きいれる。後に白も入った。
さて、いずれにしても。
暇つぶしにでもなればいいなと思った。