「ピアノは全てを見ていた」-3
ポン…
ピアノは驚きました。自分の意思で鍵盤を操ることが出来るのです。
ピアノは少年が嘘をついているとは思えませんでした。
ピアノはあの時の世界に満足していました。
ピアノがいて、少女が自分を弾いてくれて、気に入らないけど少年が聞いてくれる。
それがもう出来ないのです。
当たり前だったのに。
どれだけ望もうとも。
もう無理なのです。
ピアノは自分の鍵盤を再び操り始めました。
少女がいつも弾いてくれた曲を。
少年がいつも拍手をしたあの曲を。
曲が終わると、ベッドには少年が腰掛けていました。
その手には、光沢のある棒を持っています。
少年は棒を持ちながらピアノに語りかけました。
お前も彼女を愛していたんだな。
『アイシテイタ?』
ポ…ン。
ピアノはその意味を知りませんでしたが、何故かもやもやが無くなっていくのを感じていました。
ピアノは、少年も少女を『アイシテイタ』と知りました。
少年は赤い目をしながら、穏やかな声で一言だけ言いました。
あの子と一緒にいてやってくれ。
ピアノはいくつかの鍵盤を引っ込めて合図をしました。
同時に、少年が棒の様なものを振り上げたのが見えます。
ピアノは世界を見ることをやめました。