堕天使と殺人鬼--第10話---1
遠くから声が聞こえる。通り抜けるような、澄んだ高いソプラノの声――誰だろう? 次第に声は、近くなって来ているようだった。
オリジナル・バトル・ロワイアル
堕天使と殺人鬼 --第10話--
〜悪夢の始まり篇〜
「晴弥……、晴弥ってば……。」
身体を揺すられながら急かされるように名前を呼ばれて、水樹晴弥(男子十七番)はゆっくりと瞼を僅かに開いた。頬に伝わる生暖かく硬い感触。そう言えばなんだか、身体の間接と言う間接が痛い。芯から突き抜けて来るように、頭痛もする。
晴弥は顰めっ面をしながら顔を上げた。始めに目に飛び込んで来たのは、真っ黒なセミロングをバックに小刻みに揺らしている丸っこい顎だった。続いて薄い紅色の唇、僅かに低いが綺麗に通った鼻筋――と、徐々に上へ視線を走らせる。それは不安そうに眉間に皺を寄せる、幼馴染の林道美月(女子十九番)の表情であった。天井から照らされる蛍光灯にまだ目が慣れない晴弥の細い目と、美月の黒目勝ちの瞳が交差する。
美月が安堵したように溜息を漏らした。――この時、晴弥は少々の違和感を覚えて、不思議そうに小首をやや傾げてみせた。顔色や髪型は普段の美月と別段変わらないが、何かが、おかしかった。
違和感の正体を暴こうと視線を落としてみる。そしてそれは、あっさりと判明した。――それは、そう、確かに美月の様子も晴弥とってはとても不思議なことだったのだが、この時彼が最も疑問に思ったのは、美月の丸っこい顎より少し下、頭があるせいで陰っている飛び出していない喉元がある場所に――見慣れない銀色の妙なものがぴったりと巻き付かれている。光りの加減で反射する、金属製で出来た帯のようなもの。――なんだ、これは……?
「良かった、晴弥、やっと起きた……」
呟くように言って、美月が口元を両手で覆う。しかし晴弥はそれに答えず、美月の首に巻きつかれた物体に釘付けになっている。正常に働いていなかった思考回路が徐々に戻って来たことによって、晴弥はそれがなんなのか、ようやく分かった。――首輪だ。美月の細い首に、飼い犬みたいに首輪が付けられている!
晴弥は勢いよく今度は上半身を上げると、辺りを見渡した。それで一瞬ここは、慣れ親しんだ自分の学校の教室だと錯覚したが、勿論そんなはずはなかった。確かに教室の広さや、一番先頭の席に座っている晴弥の正面に黒板があること、そしてそれの前に教壇が置いてあることにはなんら変わりないのだが、壁は茶色い木材で出来ていた。晴弥たちが慣れ親しんだ教室は、白い壁のはずだ。
くすんだ蛍光灯の灯りが茶色い教室を包み込んでいる。それで晴弥は、身体を捻って後ろを振り向いた。妙な光景が広がっていた。いや、首輪の存在やこの教室の構造からして十分妙だったのだが、鉄パイプに木の板を張り付けた机に半身を預けて、一斉にうつ伏せているクラスメイトたちを蛍光灯が照らす様は、ぎょっとするほどに異常だった。
唖然とそれを見つめる晴弥の視界の中で、何かが灯りによってきらきらと反射しているのが伺える。嫌な鼓動の高鳴りを抑えつつ、晴弥は目を凝らして一人一人のクラスメイトを眺める。
晴弥の通路を挟んで隣の千田稟(女子八番)の立てた襟元で、そしてそのすぐ後ろの古宮塔太郎(男子四番)のうなじに、同じように銀色の首輪が光っていた。いや、稟や塔太郎ばかりではなかった。そこにいる全員に、首輪が巻き付いていた。