淫靡女教師猥雑肉欲妄想絵巻-2
「マスターベーション」ではなく「マスタベイション」と英語教師らしい発音と、ちょっと純文学じみた「セクス」なる単語を駆使しながら、何億ものオタマジャクシが逃げ惑い、そして泣き叫びながら憎たらしい白血球に追い詰められ、捕まって暗黒の血管を通って連れ去られる姿をイメージする。
(『ああっ! 兄さん』『来るなっ! お前はいつの日か、立派な受精卵になるまで頑張るんだ! ここは俺に任せて早く逃げろっ』『な、何てことだ…。僕たちの世帯主がスポーツで性欲を昇華させたばっかりに、大事な兄さんが犠牲にっ』)
桃子の妄想としては、近年稀に見るハリウッド的なスケールである。
なお、この妄想に医学的な根拠は一切ない。
(『僕は兄さんの分まで頑張るんだっ! まだ見ぬ愛しい卵子に出会うまで…っ!』『フッ、分かったよ…。お前の根性には負けた。俺も白血球の世界じゃ、ちょっとは知られた男だ。お前は俺を負かした、最初で最後の精子だ』『僕は子孫を残す。あんたは世帯主を守る。お互いプロとして生きようじゃないか』)
なぜか、桃子の中で、細胞は男気溢れるヤツらばかりである。
無人の校内に、時報を告げるチャイムが響く。1時になった。
グラウンドの端で、野球部のマネージャーである花園早苗が、ノートを見ながら真剣な眼差しで練習を見守っていた。桃子の教え子だ。
ショートカットの髪に、陽に焼けた肌。くりくり動く瞳。成績も悪くない、良く笑う生徒だ。
(なんで花園さんは、あんなに野球に熱中できるんだろう。自分でソフト部にでも入るなら、まだ分かる。でもマネージャーって何が楽しいんだろう)
花園早苗もスポーツは得意だと体育の担当教諭に聞いていた。だからこそ、なぜ彼女がそこまで熱心に野球部に入れこむのか、桃子には理解できない。
種を明かせば簡単なこと。花園早苗は入学当時から野球部のキャプテンに憧れており、その片想いの延長としてマネージャーを務めているのだが、桃子はそれに思い当たるほど、自分自身に甘酸っぱい恋愛経験がないだけだ。
(裏になにかあるに違いない)
桃子の脳細胞が、ざわざわとピンク色の光を放つ。
(入学直後に、野球部員に弱みを握られてしまったとか…)
すえた汗の臭いのする野球部の部室に連れ込まれ、にやにや笑いながらユニフォームを脱ぎ捨てる荒くれた9人の野球部員たちに囲まれ、怯えた仔猫のように瞳を濡らす花園早苗をイメージする。
(『いやっ、先輩…、人を呼びますよ』『呼んでみろよ、お前が恥ずかしい思いをするんだぜ、なぁ花園っ』『おらっ! 剥いちまえ』『ああっ! やだぁ、許して』『ひゃっはっは、まずは俺様のバットでホームランだぁ』『お願いです、何でもしますから、乱暴だけは…っ』『聞き分けがいいじゃねぇか。この二つ並んだボールも、みっちりとお前の可愛いお口できれいにするんだな』『ん…ふぅあ…』『後がつかえてんだ、早くやっちまえよ』)
教え子に野球部員がおらず、その実情を把握していないせいか、桃子の頭の中で花園早苗を責める野球部員は、ティピカルな昭和三十年代のポルノそのままだった。いくら妄想とはいえ「俺様のバットでホームラン」はいかがなものか。
加えて沼浜高校の野球部は決して名門ではないため、部員は7人しかいない。試合の時は他の部活の生徒が助っ人に来る。「9人の荒くれ部員」という時点で間違っている。
(生徒をそんな目で見てはいけない。教え子の男子だって、学業やスポーツに専念しているのだから)
ツナサンドを食べ終えて、桃子は職員室の隣の給湯室で歯を磨く。しゃこしゃこ。
誰もいない職員フロアに歯を磨く音がこだまする。
桃子は妖怪の『小豆とぎ』を思い出し、洗面台の鏡を見るのが怖くなって、そそくさと給湯室を出た。
(でもそんな男子生徒も、家に帰ればグラビアのアイドルや同級生の肌を想像して、猛々しく渦巻いた黒い森から、泰然と屹立したシンボルを握り締め、雄たけびを上げながら何度も何度も、どろりとした液体を放出しているのに違いない)
桃子がグラウンドを見下ろすと、野球部の練習は休憩時間に入ったらしい。濡らしたタオルを花園早苗が部員たちに配っているのが見える。
(あのタオル配りも『ご奉仕』の一環なのだろうか)
全裸に真っ赤な首輪だけをつけ、暗い部室の柱に鎖でつながれ、マットの上にぺたんと座っている花園早苗。十八本の手と九つの唇に玩ばれた跡が身体中に残っている。首輪に付いた「野球部備品」と書かれた木製の名札まで、詳細に桃子はイメージする。