アイ(1)-3
「そうっかー」
なぜだか分からないけれど、今、あの雑誌は私の手元にあって、次の目的地を探す。
「じゃー…、このお店でて右かな」
大体無謀なのだ。
雑誌はくしゃくしゃになってるし、エスを誰一人見たことないし。
ミクとユウはそれでも元気に歩き始め、私も仕方なく後を追った。
雑誌の信憑性だって、低いのかもしれないし。
大通りに出て、ますます人が多くなる。
新しいローファーの靴擦れのせいか、私は二人が歩くのを少し離れてぼーっと見てしまった。
いつもなら二人はすぐにそれに気づいて手招きをしてくれるのに。
でも、二人は振り返らずにどんどん人に紛れてく。
私は、だけど、そこから動く事が出来なかった。
「ねぇ、待って」
そんな風に呼ばれた気がして、二人を追わなくちゃいけないって分かってたのに、足が動かなかった。
その代わり目がユウとミクが歩いていった方向から近づいてくるチューリップハットを被った少女に吸い込まれる。
少女のサングラスの奥の瞳が、私の目を捉えて離さない。
私は彼女がエスだと確信して、そして、足元が崩れるように意識を失った。
目が覚めた時私は暗い部屋の中で申し訳ない程度に敷かれた毛布の上で、その毛布に包まって寝ていた。
床は木とかそういう暖かい素材じゃなくて、冷たいコンクリートだった。
「え、え?」
慌てて起き上がる。私、渋谷のど真ん中で倒れたような気がする。
ここは……?
毛布はふわりと高級そうな薔薇の香りがして、すごくさわり心地が良かった。
だから体からするりと落ちそうになるそれに縋るように、私は両手で掴んで体に掛ける。
「大丈夫?」
女性がそうどこからか声を掛けてきた。
私の体がびくりと震える。
暗闇に目が慣れてきて、ようやく部屋の中の様子が薄っすら見える。
真ん中に折りたたむ事の出来る机に肘を突いて帽子を被った人が見える。
さっき気を失う前に見た光景を思い出して、思わず大声でその名を呼んだ。
「エス!」
どこかの看板のネオンが点滅を繰り返し始め、帽子の下の顔がフラッシュを焚いたように瞬間瞬間に見える。
そこにいたのは私が想像していたよりずっと若くて、ずっと可愛くて、ずっと普通の人だった。