『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-98
「へへ」
ストレートばかりを投じていた雄太は、前触れもなくその握りを替えると腕を振る。
「!?」
ふわり、と勢いの沈んだボールがまるで滑り落ちるようにして低めを貫いてくる。
(変化球!)
と、思う間もなく、桜子はボールの軌道に意識を研ぎ澄ませると、迫ってくるに連れてどんどんとミットから逃げていくその球をしっかりと掴みとった。
「やるじゃねえか……」
大きく曲がり落ちるカーブは、雄太のウィニングショットである。フォークやスライダーのように鋭角的な変化はしないが、その分、変化は大きい。ボールの勢いが緩くても、その変化についていける俊敏な動きができなければ、捕球は容易ではない。
だが、桜子はそれを事も無げに捕った。打者がいないので、それで全てを判断するわけにはいかないが、充分に及第点を与えられる。
雄太はその後、直球とカーブを織り交ぜてみたが、桜子はその緩急に惑うこともなくボールを一度も後ろには反らさなかった。
「上等だ、桜子!」
懸案の最大事であった捕手の補強は、あっさりと片付いた。サインプレーや、他にも捕手に求められる戦略眼は、これからの練習で養い身につけてもらっていけばいい。
「決まりだ! キャッチャーは桜子で行くぞ!」
「ああ」
岡崎も異論はなかった。抜けた留守には悪いが、むしろ彼女のほうが才幹はありそうに思えた。
「さて」
不意に雄太は、大和と岡崎の方を見る。
「草薙はどうする? 元々はピッチャーだったらしいけどよ」
見せてもらった右肘の大きな傷跡が、頭をよぎっている雄太である。
部員が9人だから、もちろん控え投手はいない。投手の経験があるというのなら、肘の状態次第では、大和をその座に据えたい思いが雄太にはあるのだ。
「フィールディングを見たい」
すぐに応えたのは、大和ではなく岡崎だった。
「岡崎?」
「控え投手にするにしても、守備にはついてもらわないといけないからな」
くどいようだが、現時点で部員は9人である。仮に、大和を控え投手にしたとしても、試合があれば野手としてグラウンドに立ってもらわなければならない。
周到な彼らしく、既に籠に入ったボールとバットを手にしていた。
「草薙、ノックをするが、いいか?」
「はい! お願いします!」
鐘のように打てば響く大和の声に、体育会系の部活動で汗を流してきた心の張りを岡崎は感じる。
(さすがだな)
グラウンドに駈け足で入ると、すぐに腰を深く落とし、膝をやわらかく構えて打球が来るのを待っている。そんな姿に、岡崎は野手としても非凡な彼の才能を早くも見出していた。
「よし、いくぞ!」
岡崎の眼差しに厳しい色が生まれた。
キン!
「お、おい、いきなり……」
雄太が心配するほどに鋭い打球が飛んだ。雄太は大和のことを熟知していないが故に、彼の実力を当然だが把握していない。少なくとも、経験のない部員たちよりはできるだろうと考えてはいるが、それでも大和の実力に対しては、今は過少な見方をしていると言っていいだろう。
バシッ!
「おっ」
だから、鋭い当たりにも恐れる様子を見せずに正面でしっかりと大和がボールを捕らえた時、彼はすぐに見方を変えた。