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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-8

「!」
 その生々しさに、桜子は言葉をなくす。“L”の字に刻まれている手術痕は、縫い目もはっきりとした状態のまま傷が盛り上がっていた。
「骨が欠けちゃってさ。“ネズミ”っていうんだけど」
 それが細かいものなら、内視鏡手術で対処し、傷跡も小さくなるはずだった。しかし、大和の右肘の中で起こった“剥離骨折”は意外に大きな欠片を残しており、本格的にメスを入れてそれを取り除く必要があったため、このような手術痕が残ったのだ。
 メスを入れれば、その周辺の傷ついた筋肉組織は回復が遅れる。したがって、“剥離骨折”は完治しても、肘のリハビリはまだ続いているのだ。
「草薙君も、野球をしてるの?」
「う、うん…一応、ピッチャーだったんだけど、肘を壊しちゃったからね。チームも予選で負けちゃったから…」
 野球部は引退しているよ、と大和は続けた。
「そっか」
 怪我をした箇所を思えば、彼が投手だというのは容易に想像がつく。
「ピッチャーだったんだ、カッコいいね」
「そ、そうかな」
「うん!」
 もしも桜子が、旧姓のまま彼の名前を聞いていれば、大和が、昨年・一昨年と甲子園を湧かせた“甲子園の恋人”である陸奥大和(むつやまと)だということに気づいただろう。
 しかし、当時の姓であった“陸奥”から“草薙”に名字が変わっている事実を彼女が知るはずもなく、したがって、彼が“甲子園の恋人”と呼ばれ黄色い声援を浴びていた“陸奥大和”と同一人物だということにはついに気づかなかった。メディアが先を争って流し続けた映像は常にユニフォーム姿で丸坊主だった頃の彼であり、身内以外の誰かが、制服姿で髪も伸びた今の大和を見てそれに気づくとしたら、よほどの“野球通”であろう。
 大和も、今は、そのことを自分からあまり言い出したくない気持ちである。ついに、その話題に触れることもなく、話は次のステージへと進んでいた。
「あ、そうだ」
 何かを思いついたように、桜子の瞳に電球のようなものが光る。
「草薙君、今度の日曜日って、時間ある?」
「え……あ、うん……」
 野球部を引退して以来、時間は余っている。後輩たちの練習に付き合うこともあるが、肘が万全でないため打撃投手を務めることも出来ず、ブルペンの見学に留まっているのが現状だ。
「草野球の大会がね、あるんだ。よかったら、参加しない?」
「え……」
「あたしのいるチームも、その大会も、飛び入りオッケーだから。せっかくなんだし、どうかな?」
 表情はにこやかで、選択権を委ねられているのは間違いないのだが、どうにも断ることを許さない雰囲気も持っている。
「ね、どう?」
 ずい、と寄ってきた陽気な笑顔に、大和は気圧されたように頷いていた。
「う、うん……ありがとう」
「あははっ、やった♪」
 実は桜子は、大和のことが気になっていたのだ。自殺志願者と間違えてしまうほどその背中は陰を帯びていたし、実際の話、彼の口から“落ち込んでいたのは、確か”という言葉も聞いている。
 同じ野球をしていると知った瞬間、桜子は大和に対して強烈な親近感を抱いた。だから、傲慢だとは思うが、彼を元気づけてあげたいと思ったのだ。
 おせっかいにも似た面倒見の良いところは、義理の兄から受けた影響かもしれない。だがそれは、桜子の大きな魅力のひとつである。
 それに大和も、いつしか惹き込まれていた。
(日曜か……)
 なんとなく憂い日々を送っていた心に、灯火が宿る。久しぶりに、何かを待ち遠しく思う気持ちが芽生えた彼は、それまでの陰鬱な感情が嘘のように、すっきりした表情をしていた。


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