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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-59

(もう、忘れろ。あの人とは、終わっているんだから)
 ぱちぱち、と頬を叩き、自己を戒める。
(こんな夢を見てたなんて、蓬莱さんが知ったらなんていうかな)
 知り合って間もない、しかし、野球を通じて随分距離が近くなっている少女のことを、不意に思う大和。
(………)
 不思議なことに、桜子のことを心に浮かべると、気持ちが軽くなって清浄さを取り戻した。なにか、邪気を払ってくれるような陽気が彼女にはあり、それを大和はとても気に入っている。
「あ、まずい」
 改めて時計に目をやると、7時30分を指していた。準備に入らないと、その桜子との約束に遅れてしまう。
「母さんは……もう、出ちゃったか」
 キッチンのテーブルのうえには、朝食が用意されていた。“休みの日は自分で適当に作るから、無理しないでいいよ”と言っているのだが、和恵はそんな息子に甘えることはせずに、母の責務をしっかりと果たしていた。
「いただきます」
 そんな母のありがたみに感謝をしてから、大和は朝食を摂る。それを済ませ、食器を綺麗に洗ってから、今度は身支度にかかった。
「よし」
 男だから、その辺りは早い。もう一度、念入りに洗顔と歯磨きを施してから、愛用している黒いジーンズとワインレッドのシャツに着替え、財布と家の鍵を忘れずにポケットに押し込むと、部屋を出た。
 待ち合わせは、城央市営球場前で8時半。その球場は、大和の住所からはバスを使って5分とかからないところにある。
「走って、行くか」
 スニーカーの具合を確かめて、屈伸運動を何度も繰り返し筋肉を充分にほぐしてから、大和は軽く駆け出した。
(蓬莱さんは、時間……気にする方かな?)
 もしも自分より早く来ていたとしたら、それはこの日を楽しみにしてくれていることの証に思えて、知らずその足取りが軽やかになっている大和であった。



「あ♪」
 城央市営球場前に、彼女はいた。病院のときは制服姿で、草野球のときはユニフォーム姿で、そして、三度目となる今日の彼女は、私服だった。
 長袖のシャツにベストを羽織り、下は意外にもスカートである。秋だというのにその丈は少しばかり短めで、膝下まである黒のソックスとの対照が鮮やかな、健康的な彼女の二の脚が大和には眩しいものに見えた。いきなりそこに目をやってしまうのだから、なんだかんだ言っても、彼もなかなかに助平である。まあ、そんな彼を非難することは、同じ男の私にはとてもできないが…。
「草薙君!」
 嬉しそうに手を振って、眩い笑顔を見せてくれる。それは、日曜の時と変わらないし、むしろ、それ以上の輝きを持っているようにさえ見えた。
「蓬莱さん、早いね」
「草薙君も、早いよ」
 互いの腕時計は、約束の時間まで15分弱の余裕を残している。顔を見合わせて、頬を緩める二人。こういう穏やかな空気は、随分久しぶりだと大和は思った。
 桜子の表裏のない表情を見ていると、昨晩の夢で抱いた鬱が晴れていく気がする。彼女は本当に、太陽のようだ。
「球場が開くのは、8時半だから……」
 それまではここで待っていなければならない。
「もうしばらく、だね」
 大和は財布を取り出すと、近くにあった自販機から缶コーヒーを二本買い、そのうちのひとつを、桜子に差し出した。
「いいの?」
「この間の、お返しだよ」
「あれは……」
 こっちの“お返し”のはずだったのだが…。勘違いで大和の頬を叩いてしまった罪滅ぼしの見返りが、まさか戻ってこようとは。
「あ、ありがと」
 しかし、差し出されたものを無碍に断るわけにも行かず、桜子は缶コーヒーを受け取った。温かいそれは、彼の心遣いも交え、さらに桜子の心をホットにさせた。


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