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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-35

「………」
 久しぶりだと、思った。肘を痛めていた二年の春、三年の夏と、地方予選大会では補欠としてベンチに入ることも出来なかったから、思い起こせば一年ぶりの試合での打席になる。
(ああ……)
 我知らず、胸が高鳴った。やはり自分は、根っからの野球好きだと自覚できる。なにしろ、補欠からも外れ試合に出ることがなくなっても、彼は毎朝・毎晩の素振りを欠かすことはしなかったのだから。三年の夏も終わり、野球部を引退したからといって、リトルリーグの頃から習慣になっているものを急に止めることもできず、大和は10月になった今でもその素振りを継続していた。
「ん……」
 だから、腰周りの筋肉や、バネの具合などは衰えが全くない。それどころか、さらに精錬された風でさえある。
(“なかなか”どころじゃないわ。ものすごく、デキそう……)
 強打者の風格が、京子の目には映っていた。
 細身に見えるが、その下半身は地面に根を下ろしているような安定度を保ち、ゆったりとした上体の柔らかさが、何処のコースに対しても鋭いヘッドスピードで球を捉えてきそうな、貫禄のあるバッティングフォームだ。
(新参らしいが、あのチームで控えにいる奴だ。大したことはあるものか)
 松永は頭からそう決めつけていて、大和のことを注意して見ていない。良くも悪くも、野球に対する識見の深い彼なのだから、大和のフォームをしっかりと観察してみれば、その脅威をすぐに嗅ぎ取ったであろうに…。
(こんなチームに足元をすくわれちゃ、今日は大損になっちまう)
 自チームの優勝に大きなベットを乗せているだけに、以前はカモにしたドラフターズを、前の試合のように引き離せないでいる今の展開に、松永は多少なりと焦りを見せていた。ポケットに忍ばせておいた“切り札”となるはずの特注のグリスを、早くも使っている現実からも、彼の焦りが見て取れる。
 そのグリスをさりげなく指に塗りこめて、松永はボールを握り締めた。

 ビュンッ!

「ストライク!」
 真ん中のコースから、突如としてスライドしたストレート。すでにそれを“スピッツ・ボール”と看破している大和は、直に対峙してみてはっきりと理解した。
 だが、違反投球について告発はしない。正式な大会ならいざ知らず、これはあくまでも仲間内で企画し、開催している運動大会だ。それぞれに忙しい日々を送り、それでもこうやって集っている皆の気持ちを思えば、新参の自分が余計なことをして、その場を台無しにしてしまうことは避けたかった。
(………)
 だが、大和にはどうしてもマウンド上の松永に対し、許しがたいことがある。それは、女の子である桜子の顔面に、ボールを当てたことだ。
 前の打席では、投手は違ったが、執拗なほどに彼女の身体近くを攻めていたから、おそらくはこの打席でも継続して“恐怖心を煽る”攻め方をしたに違いない。そのとき、グリスを塗りこめていた指先が滑り、それが顔面への投球になってしまったのだろうと、大和は考えている。意図的ではないにせよ、結果的には狙ったことに変わりない。
 彼女はまるきり気にしていないようだったが…。大和には許せなかった。
(………)
 大和はその敵意を剥き出しにして、松永と対峙した。普段は温厚で穏やかな彼だが、仲間の危機には信じられないほどの侠気を発揮するところがある。例えば、甲子園で旋風を起していたときの話になるが、味方がエラーをしてピンチを迎えてしまったときなどは、必ずといっていいほどそのピンチを抑え、エラーをしてしまった選手の後ろめたさを振り払ってきた。
(な、なんだ、コイツ……)
 一瞬かち合った、童顔の瞳から発せられる殺気。それに射抜かれた松永はわずかに怯みを見せてしまった。
 その隙は、勝負事の中では決定的な勝敗の差を生み出す。
「!」
 松永の投じたストレートは、何の変哲もない素直な球筋を描いていた。
(く、くそっ)
 明らかな投げ損じである。そもそも、スピッツ・ボールには確かな握り方など存在しないから、投げて見なければわからないという不安定さは常に付きまとうものだ。
 指のかかりを誤った威力のないストレート。
(だ、だが、あんなナヨナヨした奴に―――)
 無理やり自己弁護をしようとした松永だったが…、

 キィン!

 彼にとっては無情な音が、鋭く振られた大和のバットから響いた。


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